スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

提出用課題が返ってきたので晒しちゃっても構わないだろう 

先日課題のために書いたものをせっかくだから晒してしまおうと思う。大したことは書いてないけど、ブログを時系列で追いかけると自分の考えの変遷をまとめ読みできて便利なので、そういった点から晒すことにした。
具体的な提案とか鋭い指摘とかないよ。個人的な心境の変化に適当な理屈をくっつけてとにかく悲観的にまとめた文章となっております。このブログでならおなじみだな。最後の段落を書きたかっただけなんだよ。
それと提出用だから一人称とか違うかんな。あくまでよそ行き用だかんな。な。


「私は大学時代に柳宗悦の思想に影響されていたのもあり、道具にはブランド力は必要ないと考えていた。
道具そのものの評価は、製作者が誰かということや、どれだけ手間暇かけて作られたかということではなく、生活の中で使用者が実際に道具を使う事によってなされるべきだと考えたからだ。

例えば、どこにでもありそうなデザインのポーチでも、隅に小さなロゴを入れるだけで値段が一気に跳ね上がる。そんな事は道具の価値を形骸化させるだけ無意味なはずなのに、生産者は付加価値を与えることに躍起で消費者はそれに嬉々として集まってくる。生産者と客との間で不毛な馴れ合いを続けているだけではないのかと感じてしまう。

この考え方は、それはそれで間違っているとは思っていない。しかし実際私が手にしているあらゆる製品は必ずどこかに企業名が入っており、それがない物を探すとなると百円ショップで売っているような安全性や衛生面で不安のある、中国産の安い物ばかりになってしまうのもまた事実である。あえてそういった物を選ぶとしたら、デメリットを安さで埋め合わせているだけだろう。

消費者としての立場からすれば安全で、便利で、見た目も良く、なにより安い物こそ欲しくなる。そしてそんなものは生産者の立場からしてみればとんでもない話なのだ。

生産者は、自分の作った物に自信があればこそ他との違いを主張しなければ生き残ることができない。生き残って金銭を得なければ良い物を作ることもできなくなる。では生き残るための手段が、独自性を打ち出す、ブランド化して価値を付与する、といった事であるならば、それを選ばない手はない。

木工製品は樹脂のような汎用性や金属のような強度もない。「木のぬくもり」「自然素材」などといった謳い文句がよく使われる事から分かるように、実用性と趣味性が半々の物と受け取られがちだ。売る方がそうしたイメージを打ち出しているためか、買う方も特別に興味のある人だけがわざわざ選んで買っていて、誰もが何気なく日常品として手に取っているとは言いにくい。

そういった現状から、広告を打つ、木工の良さを知ってもらえるような場を提供するといった、制作以外の活動が大きな意味を帯びてくる。木工製品に興味のない人に対していかにアピールするかが強く要求されているのではないか。それは生産地に啓蒙施設を作るだけでどうにかなるような簡単な問題ではないように私には思える。
どこの誰が作りどれだけの技術を注ぎ込んだのか、そしてそれらの品質を象徴するロゴ。実体のない物を嫌悪したところで、それらを実際に武器にしている産業に対抗する術などないのだ。

民芸運動で賞賛されたような、無名の職人による民衆的工芸品はもはや道具そのものの価値だけで生き残るのは難しいだろう。そもそも柳宗悦がそれらに美的価値を見出し広く世間に知らしめてしまった時点で、彼の言う本来の意味での道具の価値は失われてしまったとも言えるのだから。」

スポンサーサイト

今度のデート♡ DEAD or ALIVE !? 

CA00GNPN.jpg
電車の自動ドアに貼ってある広告。なんの広告なんだかいまいち把握してないけど、ずっとこの写真が気になっていたのでとうとう撮影してしまった。

これの何が気になるのか。左側の写真に注目してもらいたい。
頬にビンタを食らったのか手の形に跡がついてしまっている。「今度のデート♡ DEAD or ALIVE !?」と書いてあるからきっと彼女か何かに殴られたんだろう。いや、何故殴られたかという事に興味はない。問題なのは、殴った人がどんな人なのかということだ。

写真を見ると、ちょうど人差し指の先が目尻の下辺りに来ているようだ。
試しに指先を目尻に当てるようにして自分の顔に手を当てて御覧なさい。すると手の付け根が顎の真下に来るはずだ。顔と手の大きさの比率ってのは平均的にそのようになっている。
男女の体格差というものを考えても、成人同士であれば手の大きさの違いなんてせいぜいあっても関節一つ分程度のものだろう。ではこの写真の手形を作った人物は一体どのような人なのだろうか。さて。

考えられる可能性は、
1、殴った人がすごく小柄な人である
2、殴られた人がものすごくでかい人である
3、頬の面積に収まるように作った掌型ハンコを自分の頬に捺している
4、子供に殴らせている

と、だいたい四通り考えられるわけだが・・・さて正解はどれなんだか。いずれにしてもなかなか不条理というかなんというか、シュールだったり犯罪だったりバリエーションも豊富だな。もうわけわかんないね。このレベルだと広告の内容を読み込むよりアラを探して想像力を働かせる方がよほど楽しいな。

名古屋を華麗にスルーして田舎を行く 

朝行って夜に帰って来るなんて疲れるだけだっての。
でもなんだかんだで面白かったので、写真とか載せつつ遠征の感想でも。

CIMG0390.jpg
朝っぱらからナイスなツーショットを拝めた。
自由席が1~3号車だったので迷うことなく1号車へ。何故かって?ガイアがオレにそう囁いたのさ。前へ・・・もっと前へ行け・・・ってね。

当然ながら狙う座席は最前列。進行方向の右側の窓寄り。そこなら新幹線の最前列で富士山が見えるんだよ。これを狙わない手はないでしょう。

ところが
前に並んでいたハゲたオッサンに先を越され、紙一重で2列目に甘んじる結果に。これは悔しい。

続きを読む

そこに戦略はあるのか 

企業によってメール一つにも丁寧に対応してくれるところもあれば、まるっきり梨のつぶてのところもあるという事に少しだけとまどいを感じております。残暑お見舞い申し上げます。スズタケです。

企業ごとのこの対応の差はなんなんだ。オレのメールの出し方が悪いのか。仮にそうだとしたらどこが悪いのか分からないからすぐには直しようがないというジレンマ。辞書とネットを駆使して修正するしかない。日本語の壁は高い。トライ&エラー。


気がつけば8月も残りわずかとなってまいりました。ちょっと前に8月になって「嘘だろ・・・」とか言ってた覚えがあるのに。
いや!オレ達の戦いはまだ始まったばっかりだ!オレはようやく登りはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い就活坂をよ…。


そうそう、今週の金曜に愛知に行く事になりました。たった2時間の説明会のためだけに。愛知の瀬戸市ってところまで行って来ます。万博のメイン会場の跡地に近いらしいけど説明会が午後からなので遊ぶ余裕はありません。説明会くらい都内でやってほしいもんだ。

でも説明会やってくれるだけでも十分良心的ですよ。食器メーカーを調べてると説明なしにいきなり面接、給料は要相談というパターンの多い事多い事。その会社の考え方などを知る機会もろくに与えられず、HPの会社概要などから内情を推測するしかないってのはちょいとばかし骨の折れる作業ですぜ。もっと外に向けてアピールしてよ!回転の遅い業界なのは分かるけどもっとアピールしないと業界自体がどんどん廃れていっちゃいそうな気がしちゃうのよね。

実際就活支援サイトを活用しているのは、ノリタケ、鳴海、ニッコーの大手3社くらいのもので、それ以外の中小企業は皆無といった状況。これって正直どうなんだ。いや、そういうサイトを使うのにも金がかかるのは分かるんだ。「食器業界に進みたいって人は何も言わなくても勝手に寄って来るだろう」っていう算段だとしてもまぁ理解できる。ただ、どんどん業界自体が地味になっていってるのは、外に向けて積極的にコマーシャルしていないせいもあると思うのね。就活を通して業界全体に漂う閉塞感のようなものが見えてきた。

自分自身が華やかな職業に就きたいというわけではないけども、業界自体が一般人から華やかな印象を持たれるというのは、商品への興味を持たせやすくなるだけでなく、良い人材も確保しやすくなるという点からもその業界にとってプラスに働くと思うので、広報活動をないがしろにするのはいかがなものかと思うのですよ。ましてや若い世代にも日常生活を充実させようという考え方が一般的になってきた傾向があるのに、ここで打って出ないのは何故なんだ。客は主婦層だけじゃないのに。
文化的な生活に必要不可欠な物を扱ってるんだから、そこに注目させる方法なんていくらでもあると思うんだが。
そしてそういう事は金を持ってる大手が率先してやれよと言いたい。業界全体を盛り上げろよカス、と。

いやまぁ、その業界に入る事もできていない素人の世迷言ですが。
もうじき夜が明ける。随分涼しくなってきたもんだ。

柳宗理を巡る一日 

先日、軽井沢セミナーで同じ班になった後輩から「横浜美術館の柳宗理展に行きませんか?」と誘われたのだけど、正直横浜まで行く懐の余裕がなかったので苦し紛れに「横浜くんだりまで行ってガラスケース越しにしか眺める事ができないんだったら都内で実際に製品を触りまくった方がいいんじゃね」と提案したらあっさり了承してくれたので今日行ってきましたよ。後輩の意向をほとんど無視してる気もしないでもないがこの際気にしない。

廃盤になってる製品を見ることはできないけど、美術館でいくら貴重な椅子を見れたって、実際に座ったり触れたりできなきゃ意味ないからね。
鑑賞するんじゃない。分析が大事なんだ。(←偉そう)

そんなこんなで行ったところは、柳宗理の親族が経営し、柳宗理のデザインしたものを使って食事できるラーメン屋「麺屋 宗」と、唯一の柳宗理直営店「YANAGI SHOP」。この二ヶ所に行っておけばほぼ全ての製品に触れる。椅子はエレファントスツールくらいしか触れないけど。

CA8H9SXD.jpg
その直営店の外観はこんな感じ。四ツ谷駅から徒歩5分と聞いてたけどとても都心とは思えぬ雰囲気の狭い路地の先にそれはあった。表通りからは完全に死角になっていて、お世辞にも立地条件が良いとは言えない。しかし憎めない古臭さではある。「エーデルホーフ第1ビル」のフォントも昭和チックで実に味わい深い。

ただまぁ一応断っておくと柳宗理って世界的にも有名なデザイナーですよ。日本のデザイン史を勉強すると必ず出てくる人ですよ。MoMA(ニューヨーク近代美術館)にも永久収蔵品とか収めてる人なのに、その直営店の佇まいがこれってどういうこと。
しかもこの建物ひとつが店とかじゃないんだよ。写真中央下段あたりの窓に赤いマークのある部屋だけがその店で、その部屋の1/3くらいにあたる4畳程度のスペースに鍋やら皿やら敷物やらが所狭しと陳列されてるんだよ。残りのスペースは在庫と店員の方のスペースだった。ワールドワイドの最先端ってこんなもんなんだろうか。土日祝日休みだとよ。

CIMG0360_20090729211849.jpg
柳宗理のディナースプーンとぐい呑みでございます。

日本民藝館で買ったグラスが割れてしまって以来、酒を飲むときのグラスがなくて淋しい思いをしていたので、ここで一つ買っておくのも悪い選択じゃないと思う。B級品だとかでちょっと値段が下がっていたが、多少の傷程度で値段が下がるならラッキーと言っていいと思う。世間的には痛んだものは即廃棄というのが昨今の傾向だと言うのに、傷物を値下げしてまで売るという精神には感服する次第であります。

スプーンは地味に値が張って、フォークとセットで買うにはちょいと気が引けたので単体で購入。
数年前に買った柄が木のスプーンとフォーク(これも柳宗理デザイン)(信者なんで^^^^)は長時間水に漬けてしまうと木部が外れる恐れがあったのだけど、総ステンレスならその心配もいらず、こちらの方が造形的にも面白いものになってると思うので、実際に使いながら双方を比べて使用感を確かめていきたい。
このスプーン、写真で見るより実際に触ってみると想像以上にうねうねした形してるんだよ。平らな面がないんだぜ。ほとんど三次曲面。統計から割り出した形なのか、それとも感性から導き出した形なのかが判断できん。よくまぁこんな形を作ったもんだ。

CIMG0361_20090729211849.jpg
一通り柳宗理の製品を見て回ったらすることがなくなったので新宿に移動して世界堂でブラブラ。電器屋とか画材屋とかホームセンターの暇つぶし性能の高さは異常。

上の写真は世界堂の最上階で買った絵葉書。米倉斉加年(よねくらまさかね)って画家だそうです。この人初めて知ったよ。すげえ好みの絵だ。絵の前に立ち止まってしばらく目が離せなかったよ。ショッキング。
すごいのが、この人は画家だけじゃなく役者とか演出家とかやってるんだと。しかもNHKの大河ドラマとか映画にもたくさん出てるんだそうだ。全然知らなかった。多才というか多芸というか、随分と突き抜けた人だな。超のつく一流じゃねえか。

今日はよい買い物をした。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。