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 2006年11月 

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寝たい 

今日も今日で色々あった。
学校は行ってないんだけど。

サークルのお仕事で、池袋はハンズまで一っ走りです。

一畳分の大きさの段ボールを抱えながら右往左往してました。

陶器市というのが駅前の店でやってたんだけど、その段ボールのおかげで見れずじまい。
残念。

そういえばパプリカやってました、パプリカ。
今敏監督の。
アレだけは絶対観る。是が非でも観たい。

段ボールのサイズが大きいので家に持って帰るわけにも行かず、結局学校まで持っていくことにしました。

西部池袋線ホームでの一枚↓
c.jpg

ダリ、もしくは鼻毛真拳

ごめんなさい。仲間由紀恵大好きです。

でもさ、電車の車体にこれが写りこんでるんだよ?
そりゃ振り向くさ。


一気に学校に行きたいところだったけど、一度所沢で下車。

所沢で用を済ませてから、学バスの時間を確認したんだけど、
あろうことか駅からのバスがちょうど一時間後しかないと。

仕方ないからえっちらおっちら歩きましたとさ。
所沢駅から学校に着くまで1時間かかりましたよ。
超無意味。

でもデカイ段ボールを持ってるから店に入るにも迷惑だし、道端でおとなしくしてても無駄に目立つ。
歩くしか選択肢は残されていなかった。
仕方なしにプロペ通りを歩く。
あのときオレは、自分史上かつてないほどの存在感を放ってたと思う。

風が吹くと段ボールが煽られて、それに合わせるようにオレも一緒にふらつくというロジック。
そのときトランプの兵隊を無力化する方法に気づいてしまった。

b.jpg

学校へ行く途中で遭遇した看板。
最初「犬に糞を」しか目に入らなかったため、「大衆にパンを」と同じニュアンスで解釈してしまった。

アピールポイントを間違えた看板の良い例。

a.jpg

これはこないだ教室で撮ったネタ。
農民一揆。
状況から察するに完全に闇討ちです。
はい、今日の出来事とはなんら関係ありません。

学校に着いてから、多少グダグダ休憩したのち、ゆっくり家に帰りました。

が、地元の駅に着いてみれば、チャリが盗まれてました。
しかもそのことでお父さんに怒鳴られるし。

疲れるために一日を費やしたって感じ・・・。


最後に、田代ネタを貼り付けて、おしまいにしたいと思います。
田代まさし「芸能界を生きぬくための三カ条」
「芸能人辞めたら普通の人以下!」
そ、そういうだったのか・・・。

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明日の朝のニュースが楽しみだ 

いやーそれにしてもエライ目に遭いました。

また武蔵野線止まりやがんの。

しかも今回は「停電のため」だって。なんだそれ。


そもそも今日はサークルの部会後に、「餃子の満州」で飯を食べたから普段より帰る時間が遅くなっていた。
まぁそれは毎週のことだし慣れっこだったのだけど、いつものように新秋津駅に行ってみるとなにやら改札口が騒然としていた。

そこで武蔵野線常用者はピンとくるわけですよ。
ああ、またいつもの奴だ。電車止まりやがったな。

電光掲示板にはテロップが流れていて、そこから最小限の情報は得られるようになっている。
そしてそこには「停電のため一時運転を休止しています」の文字が・・・。

今までにない理由で電車が止まっておる。
そういやこないだも沿線が火事だとかで止まったな。

もううんざりだ。武蔵野線の打たれ弱さにもため息が出る。
でもなんだろう。いい加減慣れた風景のはずが、今回はどことなく違和感がある。

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カテゴライズするくらいなら誰か明確に答えてみせてよ。教えて欲しい。 

どうにも考え始めると止まらなくなる癖は治りそうにない。

今日も今日とて理性と欲の話。

高校の頃から考え続けてるんだからさっさと何かしらの答えを出せってんだオレ。


学校とかでよく見かけるんだけど、それも男に多いんだけど、四六時中ず~~っと「ヤりたいヤりたい」言ってる奴。
あれって正直どうなのよと。
そういうことに嫌悪感を抱くオレも正直どうなのよと。

逆もまた然りって言うじゃない。
オレがそういうことに嫌悪感抱くのと同じように、オレの考え自体おかしいと言ってもなんら間違っちゃいないと思うのね。

コイツまたメチャクチャなこと言ってんぞ、と思うかも知れない。
でも聞いて欲しい。今日も長文。

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「理性」と「本能」の違いを述べよ 

最近読んでいる本「無限の果てになにがあるか」。

すぐに読み終わるかと思いきや、数学的な内容に戸惑いながら通学中の限られた時間内で読まなきゃならないため、3分の2くらいまでしか読めてません。
文庫サイズなんだけども。「暴力論」は一時停止。

かなり噛み砕いて書いてあるから読みやすいっちゃ読みやすい。
オレみたいな数学嫌い人間は、多分3回くらい読まないと内容をしっかり理解できないと思う。

のらりくらりと読んでいても、「1+1=2」がどういうことであるかを証明したときには、何ともいえない快感を覚えたのは確か。
こいつは面白い。興味のある方は是非手にとってみてください。
新しい景色が望めますよ。

で、これを現在進行形で読んでいて思うことがあったので書き記そうと思う。
長文注意。暇つぶしにどうぞ。


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うげっ!マジ眠い!! 

あひゃひゃ!!
しばらく更新しなかったら全然カウンター回んねーのな!!

どうもー。スズタケですー。
みなさんこんばんわ~~。良い子で良い子なスズタケです~~。


プレゼン準備とか色々課題とかで毎日てんやわんやしてるうちに家に帰れなかったり哲也したり風呂に入れなかったり大変なことになってました。

しかもまだまだ安心できなくて、一週間以内にやらなきゃいけないことが3つ、4ついやもっとあるかな?
とにかく多いんです。

季節は徐々に冬に移り変わってきているというのに、オレは相変わらず要領が悪い。

まぁそれでもいいかなと思うわけで。
忙しいのは嫌だけど。
とりあえずイラレとフォトショを友達にもらったので、家で課題の続きができるようになったのがデカイ。

課題は地味にコツコツとこなしていきたいと思います。


さて、それではここで一つ紹介したいものがあります。
現代に民芸の心はまだ生きていた!
嬉しさのあまり目頭が熱くなったのは言うまでもありません。

BUNACO
数年前から話題になっているらしいのですが、恥ずかしながらオレはつい先日その存在を知りました。

簡単に言えばブナ細工です。
ブナの木を薄く裁断し、コイルのように丸く巻きつけ、バームクーヘン状になった「板」を湯のみ茶碗などで造形する、という方法で、優しい風合いの皿などの器やランプシェイドを作ってるんです。

これが久々にクリーンヒットでして。

無駄を出すことを良しとしない日本の民芸の心が、現代の技術と出会うことで生まれた素朴で美しい器たち・・・。

ああ、これだから東北の民芸品はたまらんのですよ・・・。
猛烈に青森に行きたくなってきた。

そしてそして・・・

Tekhne」というサイトでBUNACOが紹介されてたりするわけですが、その「Tekhne」のコンセプトが非常に秀逸で、現在のプロダクトと消費者の関係を的確に捉えそれに対する解答をキチンとしています。
この精神は賞賛に値するとオレは思います。
語弊を避けるため抜粋などはしませんが、興味のある方は先ほどのリンク先へ飛んで「CONCEPT」を見てください。
良い目をしてます。これは素晴らしい。


モノの無名性って物凄く大事だと思うんです。
普遍的であろうとすればするほどそれはますます必要になることと思う。

そういう意味で今でも純粋に民芸の精神が生きていることは貴重。

しかしその民芸でさえも「ブランド」の力を借りなければ生き残れないというのが現状です。
そのせいで純粋なモノが汚れていくのは見るに堪えない。

というより、オレが大学で学んでいることは最終的には「自分のブランド(ネームバリュー)」を得ることにあるので、真にモノと人との調和を図ろうという精神にとってはハッキリ言って無駄だしむしろ腹立たしいことをしていることになる。

モノを作る学校が、「モノの価値」の意味を忘れてしまっていることに関してすごくイライラする。
まぁ結局は価値観の違いって奴なのかも知れないけど。


何かの本で誰かが「人類の歴史は装飾の歴史だ」なんて言ってた気がする。
装飾と非装飾を交互に繰り返すのが人間の歴史なんだと。
これは面白い見解だ。
つまり、今現在のデザインの流れではミニマルなモノが良いとされるので、今後の展開次第では近代デザイン史にも装飾の時代がやってくるのかも知れない。

例えそんな時代が来たとしても、それでも光を失わずに輝き続けられるモノがあるとすれば、一体それはなんなんだろう・・・?
普遍の価値を放ち続けるモノって・・・?

おそらく、そこに答えがある。


まぁいい。
とにかくオレは眠いんだ。

おやすみなさい。

久しぶりにおはようのあいさつ 

埼京線に乗ったら、車内の広告全部がエビちゃんになってた。

右も左も頭の上もみんなエビちゃん。
こんなん初めて。

エビちゃんは好きだけど、いくらなんでもこれは怖い。
やめてほしい。

平井堅「THE CHANGING SAME」再聴 

平井堅の「THE CHANGING SAME」を超久しぶりに聴いたところ、思いの外キャッチーで驚いた。

中学の頃にハマり、「大きな古時計」で見放した平井堅だけど、平井堅初体験のアルバム「THE CHANGING SAME」はそれなりに思い入れもある。

音楽に恐ろしく疎かった小学時代から、急激に色んなジャンルを聴きだした中学時代。
中学1、2年の頃にR&Bらしい音を聴いたのは多分平井堅が最初なんじゃないかな。

R&Bらしい。
そう思わせるだけの説得力がこのアルバムにはあったと思う。

が、今聴き直してみると、ソウルっぽいクセしてネットリ感はない、しかしそれでいてメロディアス。
当時抱いていた印象よりも遥かに軽い。歌唱力についてはもはや説明不要でしょう。

それからオレ自身の音楽の好みが変わったことが明確に分かった。

アルバム内の楽曲で、中学ん時に好きだった曲と今聴き直してみて気に入る曲の傾向が全然違う。

別の言い方をするなら「LADYNAPPER」のわざと曖昧さを残した歌詞を笑えるようになった。
「アレ」とか「それ」とか代名詞多すぎだよと。
当時は歌詞のエロさにただただ大興奮するばかりだった。

歌モノの曲の合間にインストの短い曲が2曲挟まってるアルバムなんだけど、当時はそれを聴いて「なんだこれ。MDには録音しないでおこう。」と即行で除外してた。

それが今では何の抵抗もなく聴けるんだからオレも随分変わったもんだよ。
でもエレクトロニカもそれなりに聴いてる身としてはいささか物足りない音ではあった。
もっとトンがっててもいいんじゃないかと。

なんつうか、年月の重みというか、時の過ぎ行く儚さを知った。
こうやって歳とっていくんだね。

きっと今聴いてる音楽もそのうち聴かなくなって棚の奥底で眠ることになるんだよ。
そうなった時オレはどんな音楽を聴いてるのかね。

たまに昔聴いたCDを引っ張り出してきて懐かしがることもあるに違いない。

そのときどんな感想を抱くことやら。
楽しみ半分、怖さ半分。

デザインに関して思うこと 

人への奉仕こそ道具の存在意義だって言うけど、その道具を作る人は人に奉仕しているのかということに思いを巡らせた。

つまり、その道具が真の意味で人に奉仕できるということを、作る側の人間はどれほど理解しているのだろうと。

マーケティングなどの調査では「使い心地」や「欠点」は見えてくる。改良点も分かるだろう。

でも、その調査方法では、その道具が本当の意味で使用者にとって役に立ち、気に入ってもらえているかということの判断基準にはならない。

重要なのは作る側の人間が、使用者の立場になって考えることだけど、果たしてそれが純粋に行われたことが今まであっただろうか。

何かを専門にしている人間にとっての常識は一般人の常識ではない。

おそらくこの壁を越えることは不可能だと思う。
不可能だからこそ壁なんだ。
潜在的にしろ表面的にしろ、認識の相違というものは必ずある。
その壁を認め、更にその上でどうやってそれを崩すかが問題なんだよね。

ではどうすればいいか。

道具を作る、というフィールドに限って言えば、おそらく作る側の人間にとって「奉仕の精神」が絶対必要条件だと思う。

「奉仕」に「個」は要らない。

あるのはただ「尽くす」という一途な「思いやり」だけだ。

そもそもオレ自身が奉仕の精神を持って生活してなきゃダメってことだね。

実際問題として道具の形のカッコ良さなんて大きな問題じゃない。
ただのポーズなら必要ない。


道具はアノニマスデザインを全うしなければ意味がない。

学校や企業といった場で、道具の理想型に近づく努力をおろそかにしてはいまいか。

事実、アノニマスデザインについて大学で教わったためしが無い。
それを採用するかどうかはさておき、論じるべき重要なテーマだとオレは思う。
日芸デザ科はバウハウス流の教育を売りにしてるけど、100年近く前の思想にいつまでもおんぶに抱っこじゃマズイと思う。
金沢美術工芸大学なら、と後悔する要因のひとつだ。
いや、別に日芸が悪いんじゃなくて、教育理念の違いを痛感してるだけです。

結局商業的にならざるを得ない今のデザインに対してすごく違和感がある。

そんなモノにどれほどの価値があるってんだ。
利益を考えた時点で道具は死ぬぞ。


ああもうなんかよく分かんないや。

世の中は純粋なモノを許容できるだけの体制が整ってないんだ。
いや、そうしてるのはシステムではなくそこにいる人間だ。
人間の欲だ。

欲の塊である社会の中で、道具がどれだけ純粋に近づけるのか。
その漸近線を見出さなくてはならない。
最も必要とされているのはそれを知ることのできる「感性」なのではないだろうか。

画伯こと19Oの世界 

以前、このブログでダークなピカチュウと紹介したと思います。
みなさん、覚えていらっしゃいますでしょうか。

参考までに、こちらが件のピカチュウでございます。

TS350015.jpg

いつ何度見ても気持ち悪いですよね。

これは今でも教室の壁に貼ってあるんですが、夏休み明けのある日何気なく剥がしてみたら、なにやら壁に黄色いシミが・・・。
ちょうど絵の黒い部分が、そっくりそのまま壁に黄色く焼け付いてしまったような跡がありました。

これは・・・・・何かの呪いでは・・・・・・

誰もがそう思いました。
そう思わせるだけの説得力と不気味さを備えた絵だと思います。

そしてこれを描いた罪深き人、画伯こと19O。

今回彼の新作が出来上がり、掲載許可をいただいたので載せてしまおうと思います。

更にパワーアップした作品世界をご堪能ください・・・。

今回はピカチュウの時とはまた事情が変わり、大きな紙の上にカオスが展開されています。
机にA2のケント紙を貼り、そこに自由にラクガキし「街を創る」という趣向をとっており、実は未だ始めて間もないため内容も充実しているとは言えません。

まだまだ発展途上の「A2ケント紙・ラクガキの旅」。
今後の展開にも期待大です。

20061118212149.jpg

どうです。
「充実してない」とは言いましたがこのクオリティです。

ピカチュウのような気持ち悪さを感じさせないのは、色使いが妙にポップであるということと、単に顔が可愛いということが要因として挙げられるでしょう。

着色にカリスマも参加してます。事実上の合作です。

20061118212205.jpg

中央下段の建築物に注目です。
下書き段階で見た時はその近代的なデザインに驚かされましたが、いざ色が着いてみると何とも言えない感じに仕上がってしまいました。

そして建物の屋上には謎の男の生首がせっせと子どもたち(?)を生産しています。

更に天空では天使(?)と人(?)がE.T.的交信を試みています。

ここは地獄か。
いや、だからこそ天国と言えるのかも知れない。

20061118212226.jpg

もうただひたすら妖怪にしか見えない。
なんだこれは。

これぞ真髄と呼ぶに相応しい出来です。
これはいくら遠目に見ても色使い自体がグロテスクだから間違っても可愛いなんて思えないと思う。

が、よくよく見ると頭の上に刺さっているのはお子様ランチに付いてくる国旗ではないですかっ!!

な、懐かしいっ!!!

そういえば昔兄弟とアレの取り合いをしたことがあったっけなぁ・・・。

こんな思わぬところでノスタルジアを見出してしまった。
なんてこったい。


以上です。

今後も増えるんでしょうから、本人確認が取れ次第随時載せていきたいと思います。

最終的にどんなものになるのか、今から楽しみに待つことにします。

エッシャー展に行ってきた 

渋谷のBunkamuraで開催されている「スーパーエッシャー展
ある特異な版画家の軌跡
」。

お昼から窓と19Oの三人で行って来ました。

エッシャーなんて教科書でしか観た事ないよ。
つうかBunkamuraってどこだ。
そんなことを考えながら観て来ました。

率直な感想を言えば「物凄く真剣に遊ぶ人だなぁ」です。
熟考に熟考を重ねて自分の求める絵だけを描いてらっしゃる。
時代を追うにつれ洗練されていくタッチが恐ろしかった。

突飛な発想はもちろんのこと、木版画という手法でここまで描けるのかとただただ驚いた。

エッチングよりも木版画に魅力を感じたのは、オレの勉強不足によるところが大きいと思う。
でもすごい。

線の集合でしかないんだけど、線の幅や重ねる方向を表現する対象に応じてテクニカルに変化させていて、基本がキチンとできているからこういう表現が可能なんだなぁという感想を抱いた。

線の方向を限定して描いた風景画が数点あり、それはエッシャーを騙し絵を描く人としか認識していなかったオレにとっては軽くショックだった。

水晶学という観点を得たエッシャーが、水晶学をそれまでの画風と融合させ、更にメタモルフォーズへと至る過程は興味深い。

数学的な趣向の絵というのもCGの普及した今日では当たり前かも知れないけど、当時としてはかなり特異で固有の世界だったと思う。

自分だけのスタイルを確立する、できる、そうできるだけの技術があることが何よりとてつもない才能だと最近よく思う。

ヨーデルヨーデル!!」とか言ってる天才もいるんですよ?
マジ勝てねぇ。

ラクガキがラクガキでなくなるには何が必要なのかね 

渋谷までエッシャー展を観に行った感想を書きたいんだけど、その前に渋谷駅で見覚えのあるラクガキに出会ったので忘れないうちに書き記しておこうと思う。

何をラクガキくらいで、と思われるかも知れない。
そんな方は是非これを見て欲しい。

浮世絵師気取り、券売機350台に「しゃらく」と金属棒で落書き、無職男(20)逮捕…JR券売機350台(1億円相当)壊す

10月14日付けのニュース。
知ってる方も少なくなかろう。

以下記事コピペ↓

東京都や埼玉県など関東1都3県のJR駅で自動券売機約350台に金属製の棒で落書きして破損させたとして、埼玉県警大宮署などは13日までに、器物損壊の疑いで、さいたま市見沼区南中丸、無職、木島比呂志被告(20)=公務執行妨害罪などで起訴=を再逮捕した。

調べでは、木島容疑者は8月22日午後11時40分ごろ、同県桶川市南のJR桶川駅で、自動券売機11台の操作パネルに釘を加工した棒で「しゃらく」と落書きして破損させた疑い。木嶋容疑者は7月から8月までの間に、1都3県のJR埼京線、京浜東北線沿線などの29駅で同様の犯行を繰り返し、券売機約350台を破損(約1億円相当)させたという。

調べに対し、「自己主張したかった。浮世絵に興味があり『しゃらく』と書いた。外国の雑誌で公共の場に落書きするアートを知って自分もやろうと思った」
などと供述している。


こんな具合だ。どう考えてもアホの犯行でしかない。

地元上尾の隣の市、桶川市での犯行とあって、この事件に対して親近感というか身近に感じていた。

オレがこのニュースを知ったのは10月の下旬頃。
ちょうど芸祭が間近に迫る頃だった。

で、このサイトにアップされてた落書きがこちら。
9cc49df8.jpg


何度見ても頭のいいラクガキには見えない。

それから数日のことである。
良く似た筆跡のラクガキを我が故郷・上尾で発見したのは。

sd.jpg

二重線でバッチリ強調。

字のクセや全体のバランスを見るに、どうやら同一犯の模様。
これを駅の自転車置き場の壁で見つけた時の興奮といったらなかった。

そして今日、渋谷駅でも「しゃらく」を見つけてしまったのだ。

それも厄介なことに精算機のモニター部にである。
as.jpg

asas.jpg

迷惑極まりないが、これを見つけた瞬間慌ててシャッターを切っている自分がいた。

画面の端っこに小さく「 しゃらく 」と書いてあった。
意外と控えめな性格なのかも知れない。

ラクガキしまくる穏やかな人なんていないけど。

こんなにも馬鹿げていて、しかも同一犯であることが分かりやすいラクガキもそうそうない。
タグだってここまで個人を特定できないでしょう。

グラフィティの目的がライターの存在を壁に残す行為なのだとしたら、この「しゃらく」は目的こそ達成しているが、写楽に名前を借りている以上そのライター自身を特定できずに「アイドル化」してしまっているように思う。
いや、タグなんて全然それで構わないんだけど。

だけど平仮名だよ?小学校どころか幼稚園児でも書ける。
「写楽」が難しいってどんな20歳だ。
同年代としてすごく恥ずかし面白い。


そんなお話。

色々と雑記 

ここんところずっとBECK聴いてます。
と言っても専ら「GUEROLITO」しか聴いてないけど。
CD欲しい。


学校が終わったあとに、すなと近所の山田うどんに行ってカレーを食べました。

が、家に帰ってみると見事なまでに夕飯のメニューがだだかぶり。
二度カレーを食べることになり、ドッと疲れが出ました。


なんか最近腰が痛い。
寝るときは基本的に仰向けなんだけど、腰が浮いてる状態が辛い。
うつ伏せになっても痛い。つうかうつ伏せは息が苦しくなる。それは普通か。

ならばとばかりに横向きに寝たりするんだけど、それだと朝起きたときに腕が痺れててものすごく不快な思いをする羽目になるからできれば横向きでは寝たくない。

何か良い寝方はないものか。
つうか椅子に座ったまま寝た方が腰も何も痛くならないからある意味ラクなんだよね。
疲れるけど。

ここんところちゃんと布団で寝てるから、今までの椅子寝の生活とのギャップが出てるのかも知れない。
なにこの不健康。

不健康と言えば、芸祭の準備で教室を掃除しているときに、床の汚れ落としに使ったシンナーに触れてしまった指の荒れが未だに治らない。

いくら掃除とはいえシンナーなんて普通持ち出さないと思う。
そのせいで床のタイルの塗装剥げてたし。
そんな強力なシンナーを素手で扱ってたんだから当然指が無事なはずもなく、一時は完全に指紋が消えてしまっていた。

まぁ親指だけだからそんなに気にしてないけど、あんまり治りが遅いからちょっと心配になってきた。


巷では風邪が大流行してるし、どっちを向いても不健康な人ばかりでどうしようって感じです。

今日なんか教授が「中国行ったら風邪ひいた。君らにSARSうつしてやる。」とか言ってたし。
SARSなんかより、そのセリフの方がよっぽど怖い。


今日はいつにもまして一日中眠かった。つうか今も。
なんでってくらい眠い。
不思議なくらい眠い。
どうしようって迷う間すら意識が遠のきかける。
考えながら寝る。
一日中そんな感じ。
マジ眠い。

これも不健康のせいなのか。


明日は受験のため学校自体が休みです。

そんな日こそしっかり休むべきですが、明日は明日で渋谷までエッシャーを観に行ってきます。

騙し絵に騙されてきます。


もう寝るね。ねるねるねるね。おやすみなさい。

キャッチコピーなんかも登録商標だったりするのかな? 

電車の中で見かける企業の広告。

最近よく見られる傾向として(最近でもないか)、“商品名やキャッチコピーを検索キーワードにして検索してください”的なアピールをしてるってところ。

以前、言われた通りのキーワードでググったら全然関係ないものばかり引っ掛かってビックリした覚えがある。

これって企業側の読みの浅さが原因なのだろうか?

オレがちょっと思ったのは、広告のキーワードを誰かが利用してるんじゃないかって事。

つまり、広告のキーワードを眼にした不特定多数の人間が、全く同じもしくは似た単語をネット上で濫用してるんじゃないかと。

広告から検索した人にとっては、思いもしなかったサイトを見てしまう可能性が出て来るし、そうやって関係のないサイトにアクセスする人が増えれば増えるほど、そのサイトは検索結果のトップに来るようになる。
そしてまた誰かが引っ掛かる。
その繰り返し。

そうなれば「利用した側の人間」にとっては最高の成果が出ることになる。

そして本来の広告は意味をなさなくなる。
この悪循環。


まぁ普通そんなことは起こらないけどね。

あるかも知れないってだけの話です。

逆にアクセス数を稼ぎたい人は、広告を利用すればひょっとしたら面白い結果が出るかも知れないから、一度やってみたらいいんじゃないでしょうか。

権利とか絡んできそうで恐いから、オレは一切責任とりませんよと今ここで言っておく。

い、犬夜叉ぁぁぁぁあああ!!! 

犬夜叉が連載10周年だってさ。

光陰矢の如し、だね。さっさと完結させろ。

初めて犬夜叉を読んだのが中学の頃。

それ以来全く手を付けてない。

だからその後の展開に関しては全然知らないんだけど、とりあえずカゴメが死ねば全てが終わるよね。

犬夜叉がカゴメを殺せばいいんじゃね?


「犬夜叉……ど、どうして………?」

「こうするほかなかったんだ。
頼む、死んでくれ………!!」

「い、犬夜叉………――」


どんな展開だよ。

個人的には高橋留美子はギャグ漫画描いて欲しい。

たかた 

帰宅途中の電車の中で、「ジャパネットたかた」の取締役・高田 明にそっくりな人がいました。

黒のipodの調子が悪いのか、ブンブン振り回してました。
至近距離から眺めてて物凄く面白かったです。

壊れたのかな、ipod。修理に出せばいいのに。
ジャパネットは送料負担なんだよね?


読書の時間をどう作ろうか 

芸祭の時にやってた古本市で買った本をなんとはなしに読んでます。

とりあえず石川達三の「稚なくて愛を知らず」は読破。
次いで二葉亭四迷の「浮雲」を途中で放棄。
現在「暴力論・上」を読んでる途中。
なんだこの脈絡の無さは。

「稚なくて~」は完全にジャケ買い。タイトル良し。
なんか本当に実験的な感じがしたけど、妙にリアルで生々しかった。

愛されることに慣れてしまい、他人を愛することを知らずに育ってしまった女の結婚生活やらを淡々と、ひたすら淡々と描いております。
一体何のシミュレーションだ。つうかこの女無邪気過ぎだろ。

面白いけど、あんまり人に勧めても特に何ももたらさないんじゃないかと思う。
この物語のサイドストーリーとかがあったら相当ドロドロの愛憎劇になるんだけど。
人間関係とか面白いんだよ。みんな結構腹黒いし。
だけど”実験”の本題からずれるから意図的にそういう話は挟まないようにしてるみたい。

「浮雲」はまず字が読めない。
頑張って途中までニュアンスで読んでたけど、辛くなったからやめた。
せめて従妹のお勢が出てくるまで読まないとオレは確実に負けだ。読まねば。
言文一致とかそんなのもうどうでもいいよ。
日本語が読めないなんて悔しい。

「暴力論」はファシズムを推奨するような論文らしい。
暴力を倫理的に肯定するらしいです。
いや、正直これは面白いよ。
今読んでるところではまだ暴力云々は何も言ってないんだけど、その前提の部分がとても興味深い。

’65年の訳書だけど、その割には随分と読みにくい文章なのが気になる。
まるでマシンガンのような読点(、)の数だ。

まぁこれを読み終わった後にヒトラーの「我が闘争」を読みたくなるかも知れないけど。
つうか「我が闘争」は一度ちゃんと読んでおきたいと前々から思ってた。
まず間違いなくファシストにはならないので誤解なきよう。


他に古本市で買った本は、「好色男一代記」とか「好色女一代記」とか「性の目覚め」とか「土曜夫人」とか「多情多恨」とか「セーラー服と機関銃」(←タイムリー!長澤まさみカワイイよね。)とか、とりあえず下ネタっぽいのを適当に選んで買い込んでおきました。
1冊100円で1000円以上買ったから結構な冊数。

オレの机の上にズン!と積んであります。
しばらくは読む本に困らないぞ!でも置き場所に困ってるぞ!
どうしよう!

東京ガスのパッチョくん 

東京ガスのガス・パッ・チョ!のパッチョムービーがえらく可愛かったので貼り付けておきます。

パッチョくーーーん!キミはなんでそんなにカワイイんだ~~~い?

見てるだけで自然と頬が緩んできます。
登場人物がとても良い。
セリフに嫌味がなくてすごく自然。

個人的には第三話が好き。
スガさんの「人生」がツボ。
パッチョくんもパッチョくんで「あ~~よかですたい~~」とか言ってるし。
そんなキャラじゃねぇだろ。カワイイなぁもう。

いいなぁ、このアニメ。

企業のキャンペーンだから、もうしばらくシリーズ続くだろうね。

早く次回作が観たい。

教室における居住空間の快適化計画要綱 

教室の自分の机周りの居住空間快適化を推進したい。

既に色々やってはいるもののどうにもまだ足りない。

とりあえず百均で延長コードと透明なスチロール樹脂の箱を買ってきた。

スチロール樹脂の箱は寸断してティッシュボックスに作り変える予定。
一応既に半分には切ってて、これでも機能的には十分なんだけど、快適さを求めるなら更に手を加えなくてはならない。
それには工具がいる。

本当は工房に入れれば一番いいんだけど、原則的に課題以外では使用禁止だし、3年生や4年生が色々制作してるから邪魔になると申し訳ないと思ってしまって迂闊に立ち入れない。

確か教室にも電ノコがあったはずだからそれをフル活用しようと思う。

目下のところ必要なモノは、延長コード(長さについては要検討)とタコ足プラグ、ティッシュボックス、コートハンガー。
それもできる限り低予算で確保したい。
みんなの知恵借りようっと。

オーディオは場所とるから今回は諦めることにします。
小さいスピーカーなら既にあるし。

あ、でも無印のスピーカーならCDのケースの縦横と同じ寸法だから意外と場所とらずに置けるかも知れないな・・・。
¥3900か・・・。
スピーカーとしては格安だけどなぁ。

コートハンガーがあるとこれからの季節かなり重宝するんだけど。
だけど難しいぞ、これは。
教室の構造を利用するしかないかも知れない・・・。
いや、まだ分からんが。

他に何か必要な快適グッズはないかしら。
まぁおいおい必要なものも出てくるでしょう。
今はとりあえずこれだけでいいや。

それにしてもオレって本当にこういう時だけ張り切るのな。
もっと生産的な行動しようよ、自分。

割にあわないっ! 

両親が長野にある親戚の別荘に遊びに行きやがってます。

何でも「りんご狩り」をするんだそうです。

「りんご狩り」、ですよ。

「りんご」を「狩り」るんです。

安曇野の辺りです。オリンピックの会場だった白馬村のすぐ近くです。
美術館いっぱいあるんですよ。

オレも雪の解ける頃に一度だけ行ったことありますけどね、すごくいいところなんです。
ぐるりを山に囲まれてて。
黒部ダムとかあったりしますからね。とんでもない山脈ですよ。

行くのはいい。できればオレも行きたいくらいだ。

でもそれを前日になって急に言うのは本気でやめて欲しいと思った。

オレだってね、今日何もなければ友達んとこでおでん食べながら熱燗飲んでコタツでグダグダ過ごす予定だったんだよ?

それをなんだ、「りんご狩り」だ?
マジ勘弁してくんねぇかな・・・。

家事もあるしモコの世話もある。
家の住人として全て弟に任せるわけにもいかない。
つうかそんなことしたら弟がキレる。

結局オレだけ損してんじゃないの。
なんですかコレは。

ちょいと割に合わなさ過ぎじゃないかしらね。
酒飲ませろや酒。

お土産でも要求しようかな・・・。

空飛ぶ人間、それは誰 

人間の全身を描こうとすると、人間の体が宙に浮いているように描いてしまう。
そんな癖に気がついた。

文字通り地に足が着いていない。
何故か浮遊してるんですわ。
地面に立って足元から影が伸びている、そんな人物を全然描いてないっていう。

高校の頃から人物の顔はなるべく描かない方がいいとは思ってたけど、それは感情移入のスキを作りたくないという理由があっての事。
意識的に避けていた事なのね。

今回気づいたことは完全に無意識だった。
オレの何がそうさせるのかは分からないけど、よくよく考えてみれば非現実的な人間の姿だよね。
なに?宙に浮いてるって。

ラクガキ帳を眺めてみると本当にそれがよく分かる。
興味のあるものしか描いてないのに、その中でも宙に浮いた人物が結構見受けられる。

オレにとって他人とはその程度の存在なのだろうか。
どこまでも現実感がなくて、ただ宙に漂ってるだけのモノなのだろうか。

スキンシップが苦手ということにも何か関係があるのかも。
他人が怖いという節もあるにはある。それも自覚してるし。

でもそれがここまで端的に表われているとは思ってもみなかった。
しかも日常的に触っているラクガキ帳の中にだ。

別に心理学者じゃないし、詳しいことは分からないけど、それでもこれが何かを意味しているのだとしたら、たぶんさほど間違ってはいないんじゃないかな。
知らないけど。

自分で気づかない部分でそういうところが出ていると思うとゾッとする。
絶対他にもそういうところがあるんだよ。
自分で気づいてない何かが。


そして何より不幸なのは、自分でそういう部分に気づいてしまったこと。
他人に指摘されるよりも辛い。
ましてや無意識の領域から意識の領域に上ってきてしまったことで描くものが変わってしまうのが嫌だ。

意識的に描くことはいいことかも知れないけど、こうして気づいたことで失ってしまったモノがあまりにも大きい。
その上ブログに書いたり、人に話したりすることで更にその意識は強くなって言霊に翻弄され、描くモノに影響していってしまうのが何より恐ろしい。

思考の過程で気づくならいい。
でも今回のは完全に虚を突かれたようなもんだもん。
何の脈絡も無く突然気づいたからオレ自身すごく驚いてる。

たぶんこんな低次元なところで躓いてる場合じゃないんだろうけど、とにかくオレはビックリしましたよと。

それだけを言いたかった。

ドーナツの穴 

ドーナツはカワイイ。おいしい。

穴が開いて初めて完成する。
ドーナツらしい形になる。

欠けた姿が完成形というのも面白い話。

穴が開いてないドーナツはどこか寂しい。想像したくない。
ドーナツは穴が開いてるからこそドーナツなんだ。

きっとあの穴には目に見えない何かが詰まっているんだ。
ドーナツがドーナツであるために必要な何かが。

矢野顕子が「ドーナツの穴にはおいしさがつまってる」と歌っていたような気がする。
たしか。
違ったっけ?

たぶん、そういうことなんだと思う。
今更ながらにすごく同感。

まぁだからと言って何かがあるわけでもないんだけども。
思いつきです。

埼京線は宝の山 

TS350167.jpg

帰りの埼京線で、大宮に到着する頃に気づきました。
ふと見上げたらこんな情景が目の前に・・・。

吊り革にゴミが突き刺さってます。
何事ですか。
想像以上に自然な捨て方です。
全然気づかなかった。すぐそばにいたのに。

基本的にポイ捨てとか嫌いなんですが、あまりに斬新な捨て方だったのでむしろ感心してしまいました。
普通こんな風には捨てねぇだろがよ。

ホームに出れば大抵ゴミ箱くらいあるだろうに。
どうしてこんな結果になってしまったのか。

ここにゴミを突っ込むことで補完される”何か”がある──。

そんなことはない。
とにかく謎です。面白い。

なによりキチンと袋の口を結んでるあたりが意味分かんねぇ。
几帳面なのかズボラなのか。


電車内って案外変なモノがゴロゴロしてるんですよ。
特に埼京線は凄いです。

TS350141.jpg

お目汚し失礼します。
毛です。乗客の毛です。

結構前のことなんですが、やはり下校中の埼京線の車内で発見したモノです。
座席の下の方で空調に煽られてクルクル回ってました。

電車内の吹き溜まりみたいなもんでしょうか。
その日一日分の抜け毛がそこに結集してるんです。
かなり慄きました。
「ひいいいいぃぃぃぃいいぃっ!!!!」って感じ。

毎日車内でこんな光景が繰り広げられているのかと思うとゾッとします。よく見ると長いのから短いのまで、ツヤっとしたものから縮れたのまでと多種多様な毛達です。

そしてなにより毎日これだけの量の抜け毛があるのかと思うとやりきれません。
もっと髪の毛大切にしろよと言いたい。世のお父さん達は嘆いているぞ。富野とか。

たった一つの車両でこんだけ集まるんだから、日本全国の全路線の全車両で一日分の抜け毛を採取したらどんな結果が出るのか調べてみたいという欲求が湧いてきたけどすぐ萎えた。


あと珍しいものではアレですよ。
TOKIO。
ジャニーズの。

車内でTOKIOの「Harvest」ってアルバムを宣伝する風船が浮いてました。

残念ながら人が多かったため撮影はできなかったんですが、先月の出来事にも関わらずよく覚えています。
それだけ印象に残りました。

色々勘ぐっちゃったもん。
これはプロモーションの一環なのか、とか。
ただ単にファンの忘れ物なのか、とか。
ひょっとしたら巧妙な毒ガステロの装置なのかも知れない、とかね。

車内に風船が浮いてるだけで、意外と異様な空気を醸し出すから不思議。


埼京線って都心から延びてるから人間と一緒に運ばれてくるものも妙なものが多いんでしょうね。
池袋とか新宿にも止まるし。

つうか電車は人間観察をするには最高の場所だということに最近気づきました。
あと駅も。

アレってどう見てもソレだよね 

誰しも人に言えないことというのはあると思います。

もちろんオレにだって家族にも言えないことの一つや二つありますよ。
いや、ありまくりですよ。
あり過ぎるくらいです。

そんな秘密を今回特別に一つだけひけらかしたいと思います。

まぁそんな出し惜しみするような内容じゃないんで身構えないでくださいね。

つうか秘密というよりどっちかっていうと思い付きだ。

中学くらいの頃からず~~~っと思ってたんだけど、いまいち人にこの気持ちを伝える機会を見つけられないでいるうちにとうとう20歳になっちゃいましたよ。

いつまでもこの気持ちを引きずっている訳にはいかない。
期は熟した。TIME IS NOW.


え~っと、アレですよ。
バーバリーです、Burberrys。

何故か女子高生がこぞって身に着けたがるアレです。
今年もバーバリーの季節の到来ですよ。

で、そのバーバリーのチェック柄を見るにつけ毎年しみじみ思うんです。

アレって、どうみても「がんもどき」だよなぁ……。

いやさ、色とかマジでそっくりじゃん。
季節的にも丁度いいし。

こんなことをね、毎年毎年冬が来る度に何度も何度も思ってた訳ですよ。
バーバリーうまそ~、とか。

いっそがんもどきの方をバーバリーと呼ぼうかと思ってた時期もありました。

でもそんなことしたら友達減ります。
全国のファンが一気に1/3くらい離れていくに違いない。

なので、今まで、言わなかった………。

怖くて、言えなかった………。

でも言えた。
今言えた。
新しい一歩だと思う。素晴らしい。
ワンダフル。

癌腫れ、ムサ詩乃戦 

20061109222202.jpg

なんていうか聞いたことない感じの理由で電車が止まってる。

改札のSuicaをタッチする所が何故かベタベタしてて気持ち悪かったです。

プロトピック軟膏について脳にシワ寄せて考えた。 

今朝学校に行く前に皮膚科に行ったんです。
いい加減調子が悪すぎるんでね。

で、朝一で行ったおかげで比較的早く診察してもらえたんです。
それでもその時既に午前10時。8時半に受付したのに・・・・。

まぁ何年も通い続けてるわけです。
そうすると大抵処方される薬の種類も大方分かろうってもんです。

が、今回初めて別の薬の可能性を知らされました。

今まではステロイドによる治療だったのですが、先生が取り出した説明書には「プロトピック軟膏」の文字が。

初耳です。
なんだ、これは。

どうやら今回はプロトピック軟膏とやらを処方する気はなく、とりあえずその薬が如何なるものかを患者にしっかり理解してもらってから、ということらしく、本格的に処方するのは次回からということだった。

ああ、そうですか。
と言って適当に聞き流してたけど、やはり気にならないはずがない。
なんせステロイドに代わる薬だ。
一体どんなものなんだ。

効能は?
使用方法は?
副作用はあるの?
疑問は次から次へと湧いてきました。

アトピーの人以外にはいまいちよく分からないかと思いますが、ステロイドの薬害については昔から随分と言われてきたことではあります。

それがここにきて急に新しい薬を試してみないか、と。

本心ではとりあえず試してみてもいいという気にはなっています。
ですがこの薬、色々と問題があるようなのです。


診察が終わり、学校で富野由悠季の特別講義に出席し、それからのんびりと帰宅してからネットでプロトピック軟膏について調べてみました。

そしたらなんですか。
発ガン性がある薬らしいじゃないですか。

肯定的に見る人、否定的に見る人と様々ですが、正直何を信用したらいいのか分からない状態です。

ひとまず発売元の製薬会社は絶対に信用しません。
パンフレットを見てもろくなことを書いてないのは分かりきってます。

実際の現場の声でさえ、病院というある意味特殊な場から発信される情報が必ずしも正しいとも思えません。
つまりどこか打算や嫌らしい金繰りがあるんじゃないかと疑いたくなるのです。

結局否定派の意見に耳を傾ける結果となるのですが、このままでは何も事態が進展しないというのもまた事実。

病気は治したい。だけど何を信用したらいいのか分からない。

なんだ、最後はまたこんな話になるのか。
信じる信じないの話か。

信じるからには全ての責任を自分が負わなければならない。
信じないなら今まで通りの方法で続けていかなければならない。

そもそもアトピーというものは子どもの頃に発症した場合、大人になる頃にはよくなっていることが多いらしいです。

発症する時期が比較的遅めだったオレはその分ずれ込んでいるのでしょうか。

それならそれで構わないのですが、ステロイドの場合、長期連用による皮膚炎も考慮しなくてはならないので、正直必要以上に長く使いたくないというのもあるんです。
すぐに治るから便利なんだけど。

プロトピック軟膏にしても使用が長期に渡ればその分身体への負担は増すし、そういう意味ではステロイドと変わりないのかも知れません。
しかも発ガン性ときた。

参った。こればっかりは参ったよ。

プロトピック軟膏がステロイドのデメリットをカバーできているという点に関してすごく興味があります。
しかしそれに命というリスクを賭けるだけの価値があるかというところが非常に悩ましいのです。

あーーーーーもう!どうしようかなーーーー!


改めて薬は異物なんだということを思い知らされました。

そして自らの免疫能力のコントロールさえできればこんなことにはならなかったのに、と不毛なことを考えたりしながら今日は寝ることにします。

古屋兎丸「ライチ・光クラブ」 

古屋兎丸(ふるや うさまる)の漫画に触れるのはこれで二度目だ。

調べてみると、高校時代に本屋で見かけて、帯のコメントのあまりのバカらしさに笑うも結局買わなかった「π」を描いてたりしててビックリした。

受験期に「プラスチック・ガール」を買って初めて古屋ワールドに触れた。

そして今回の「ライチ・光クラブ」である。
いやはや、とんでもない才能だ。


オレは意味のない残酷な描写が嫌いです。
「血を描いておけばとりあえず間が持つだろ」みたいな漫画が大嫌いです。
ただモラルに欠けてるだけでは美しくない。

ただ暴力的なだけでストーリーを丸投げするなんてもってのほか。
ただし甘美といえる次元にまで暴力を高められるならば話は別。
それができなければただ汚いだけだ。
そういう漫画が増えてることに対してすごく違和感があります。

中学くらいの頃から「ヘルシング」とか「魔人」とか「BLAME!」とか「甲殻機動隊」とか「殺し屋1」とかその他諸々の暴力漫画を読んでるから暴力描写にはそれなりに免疫があります。
暴力的な漫画だけしか読まないような狂った時期があったんです。
だからこそオレは言う。

でだ、前置きが長くなりましたけど「ライチ・光クラブ」ですよ。

いや~、これはいいよ。
美少年で薔薇だとか、美少女とロボットとの愛にも似た感情の絡み合いだとか、友情と憎しみだとか、絶対的な存在に対する崇拝だとか、野心だとか、なんかもう情報量がとにかく多い!

その上で行使される圧倒的な暴力!これはすごくいいぞ!
もう一度言う!これはすごくいい!

”筋繊維”の一本一本まで執拗に描く描写力に感服。
そう、古屋兎丸の画力が半端じゃないんだ!
それは「プラスチック・ガール」を読んだ頃から分かってたことなんだけども。

もともと「東京グランギニョル」という劇団の作品を原案にしているため、ストーリーの軸はしっかりしてます。
最後まで飽きさせません。

内部崩壊していく様が圧巻。
ラストには思わず唸ってしまいました。

みんな殺して自分も死んでハイおしまいね、っていう適当なラストの漫画が巷に溢れる中で、構成の必然としてそれがキチンと成立しているあたりに才能を感じる。

残酷なシーンが苦手な人は多分気持ち悪くなると思う。
ただし作家になりたい奴は絶対読むべき。
ストーリー構成とテーマが本当に良くできています。
悪いけど大絶賛しちゃうぞ!!少年でガチホモだけどな!!

それからあとがきでとても良いことを言ってるのでこちらも一読の価値あり。

「価値観の基準」。
はい、確かにアナタはオレの価値観の基準となりました。

やわらか戦車について 

以前友達に「やわらか戦車を観て感想を聞かせて欲しい」と言われたので観ました。

実を言うと結構前に観たんだけど、なんだかんだで長文を書くような時間をとれずずっと放置してました。
しかし芸祭が終わった今だからこそ全力をもって書ける。そう思います。

まぁとりあえず「やわらか戦車」を知らない人はこちらから自分の目で実際に観て下さい。説明とかめんどくさくて嫌いなので省きます。


えっとですね、一応反戦を謳っているそうです。
非戦というか、戦わない戦車。

反戦は反戦で構わないんだけど何かが違う。
憲法ってなんだか知ってるか?と言いたくて堪らんとです。

数限りない暴力の果てに辿り着いた「戦わない国・日本」。
これの意味を思い切り踏みにじっているような気がしてならない。

「戦いを放棄する」のではなく、「戦わない」。
憲法は確固たる意思をもって戦争を否定しているわけだ。
この違いは大きいぞ。

まがりなりにもプロパガンダめいたことを言いたいらしいから、別に髭もじゃの軍服をボコボコにしていようがなんだろうが知ったこっちゃないんだけど、退却する以前にまず戦場に行くんじゃないよと言いたい。
それではまるで戦争を肯定してるようで決まりが悪い。

「感謝の心を忘れずに」とか戦争批判としては最高の台詞を吐いてるのに、それ以外がダメだからまるで意味がない。

癒し系だとか脱力系が流行りだして久しい。
「やわらか戦車」もそれらと同じ流れの中にある作品だと思う。
だからこそのやる気のなさだろうし、流行を読んだ上で生まれたキャラクターだと思う。

ただしそれを世間が求めているかどうかとはまた別の話で、これが戦争を批判していようがなんだろうが、単純にカワイイから好きになる人も数多くいることだろう。
そこが流行の恐ろしいところだと思う。

作品の真の意味から逸脱した方向で流行の波に飲まれると、意図するところとは違う意味で肯定されてしまい、「やわらか戦車」の製作者がどんなに声高に反戦を叫ぼうともそこには目を向けてもらえなくなる。

主張には方法が特に問われる部分だと思う。
そこで失敗してはいけない。
そしてその部分で「やわらか戦車」は失敗していると思う。
「やわらか戦車」にとってこの流行はかえって逆効果だ。

そもそもメリハリがなさ過ぎて全て観終えるのが苦痛ですらあった。
おもしろい、とは言えないし言いたくない。

戦争を批判するなら徹底的にやれ。
「敵」を攻撃しろ。
それこそが反戦だ。反戦とは非暴力と言論による攻撃だ。
そしてその場合、退くことは悪だ。
敗北主義者を数多く作ることが非戦ではない。

それからもう一つ。
オレがわざわざこんなことを言うことの原因の一つとして、オレ自身があまり癒し系というものを好きではないということが挙げられる。
ひょっとしたらそういう固定観念があるから「やわらか戦車」を好意的に見れないのかもしれない。

癒し系は「癒し」という言葉の厳粛な響きを軽くしたので嫌いです。

まぁなんていうか、「やわらか戦車8」はとりあえずホリエモンに見せとけ。
それだけは言っておく。

 

「全」と「無限」は違うものなのさ!

野望、虚しく 

ようやく芸祭がおわりましたよ。
個人的には大失敗だったわけだけど、学科の方の展示でとても良い勉強をさせてもらった。

とりあえず大きな行事が終わった今だからこそ言えることは、感情を言葉で表現するのには限界があるということ。
どんな言葉で形容しようとも、それは感情そのものじゃない。
言葉にできないからこそ感情なんだ。
各個人がよくそれを知ってなくちゃいけないよね。
お酒って恐い。

まぁそれはもうどうでもいい。
オレは反省しなくちゃいけないし、これからやるべきことをハッキリさせなきゃならん。

オレはアーティストじゃないし、ひょっとするとデザイナーですらないのかも知れないけど、自分がやってて面白いと思えることを追求していく上で、どんな形でそれを他人に伝えるかを学ばなきゃならん。

目的のためなら必要のないものは全て切り捨てる。
いや、別にオレはミニマリストじゃないよ。
でもそれがオレの思う”潔さ”の形だと思うから。
モノとの関わり方も人間関係も区別なく切り捨てる。
それがオレのやり方だし、今までだってそうしてきた。
でも切り捨てられない、絶対に必要なものが多すぎるんだ。

執着心ね~。
仏教徒ならまだしもオレはバリバリの無神論者だもん。無理だっつうの。
捨てるわけにはいかない。
デザインって存在自体かなりなまぐさだし。


ところでいきなり話は変わりますが、オレはauのneonってケータイを使ってるんですよ。

あの深澤直人デザインのケータイです。

別に彼に逆らうわけじゃないですが、neonにちょっとした細工をしたのでここに報告します。


言葉は要らない。
ただ、それのみを見つめるがいい。











DSC00223.jpg

──木目調neon、ここに誕生。


ついにやってやりました。
前期からの野望をついに完遂させました。

シェンロンガンダムに貼り付けていた木目シールを、白を基調としたシンプルケータイ・neonにも。


DSC00227.jpg

裏面にも及ぶシール地獄・・・。

本体サイドのボタンから電池カバー、間接に至るまでシール貼り付けましたよ。
無駄に時間かかりました。
芸祭の片付けが終わってから無駄に学校に残って作業したために、ここ最近でも最悪の状態だった肌が更に荒れました。

体張ってまでやることじゃない。
それは、知ってる。


DSC00249.jpg

これを見れ!
LEDがちゃんと透けるんですよ!

木目に表示されるなんて。有り得ないですね。
暗闇の中で光らせると結構カッコイイですよ。
つうかまんまTO:CA(トーカ)ですよね。


そしてそれを踏まえた上で更にこれを見ていただきたい。




I LOVE PUNK!!!!!!!!!

GRP_0004.jpg

GRP_0006.jpg


どうです?酷いでしょう。
もはや電話としての機能を喪失してます。
電話したら手も顔も血だらけの穴だらけですよ。

これね、窓とすながオレの誕生日の前日にいきなりやったんです。
いくらなんでもあんまりだと思います。

でもまぁ結果的にオレ自身も木目調とか言って同じことしてますし。


木目調ケータイとパンクケータイ。

オレはこれらのケータイをもってして、装飾ケータイが流行りだした現代の日本のプロダクトに対し逆説的な批判をしたいと思う。

必要以上に飾ることが果たしてどれほど美しいのか!!!
こいつを見てよく考えるンだ!!!
GRP_0005.jpg

ぬぼ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あと一日だよ 

芸祭二日目が終わりました。

同時にオレの企画も頓挫しました。

家に帰ってないのでしんどいです。
でも今日は帰れます。

風呂に入ってない上に寝不足が祟って肌がボロボロです。

昨日すなん家に泊まらせてもらったけど、眠眠打破の強力バージョン・強強打破とポカリを同時飲みしたにも関わらず爆睡。

強力カフェインに勝つという偉業を成し遂げました。
オレどんだけ眠いんだよ。


明日の打ち上げ正直行きたくない。

こんな肌の状態が悪いときに夜通し酒なんか飲んだら余計に苦しむだけだ。
ましてやこれから乾燥する季節なんだし少しでも状態を整えておきたいというのもある。
即刻病院に行きたいところだけど、いかんせん日曜日は休みなんだよね。
マジファッキン。

しっかし打ち上げだしなぁ。
行かないとマズイよなぁ。


イス展。
思いの外お客さんの入りがいい。

イスのところに手帳を置いて感想を書いてもらうようにしたので、お客さんや先輩、クラスメイトの本音が聞けた。
これは本当にためになる。

自分のイスが肯定されれば素直に嬉しいし。本当は否定をしてほしかったのだけど。


それにつけても自己嫌悪。
自分のことすら放棄しようとする自分って最低だと思う。

肌がどうこう言うのも結局は甘えじゃないか。
言い訳がほしいだけじゃないか。

苦しいのはみんな同じなのに自分だけ特別扱いされると勘違いしてる。

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