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環境問題について思うこと 

どうしても人は自分と違う者を認めることができないようだ。そんな結論に至る度に後ろ向きな思考しかできない自分の学のなさを呪う。

以前環境問題について自分の考えを記事にしたのだけど、その考えを更に進めると結局人と人とは何かしらの方法で争わざるを得ないという結論に至ってしまう。

こうなることは初めから頭のどこかで分かっていた。自分の言っていることは理想論、机上の空論でしかない。
それでもなお理想を唱えることこそに意味があると思うから「環境保護活動そのものが人と人とを繋ぐ架け橋になる」なんて言ってみた。
だけど、やっぱりというかなんというかそれは現実的に考えて無理な話でしかないわけで。


どんなに「地球のため」「人類のため」と叫んで環境保護活動をしたところで、その方法論自体が過剰に増えすぎてしまって論理が互いを食いつぶす格好で破綻してしまっているから基本的に何をしようが無意味だ。その上でエコを叫ぶ価値があるとしたなら、それはわだかまりや文化の違いを超えた人類の新しい平和への道しるべとしての価値だ、ということは上記した記事で述べた。

だけどそれじゃダメだったんだ。
まるっきり無意味だ。

主張の異なる人間が同じ方向を向こうとした時、いざどちらが正しいかという局面になると双方が自分の正しさを主張する。
その構図はそのまま平和を求めて対立し戦争を繰り返す宗教組織と同じだ。
ましてや仮に何か一つの方向に進めたとして、後にその道が間違いだった事に気づけば些細な事でも徹底的に叩こうとするだろう。目的は同じはずなのに!

しかしその多様性こそ人類が長い時間をかけて勝ち取った貴重な財産であるから、それを潰すことはあってはならないし、もはやそれはどんな方法をもってしても不可能だ。(できるとしたらそれは独裁だ。)つまり何か一つのものを目指して進むには人は多様化しすぎたんだ。
既に日常レベルで同じことが起きているんだ、あながち間違っちゃいないだろう。
だからと言って最も忌むべき展開を容認する理由にはならない事は分かっている。争いはできる限り避けたい。

立ち止まることさえ許されず、一刻も早い対応を迫られる中で何を判断すればいいのかすら見失う。
オレは一体なにをやっているんだ。


一応断っておきたいのだけど、環境問題に関してオレは気象学者を恨もうとは毛頭思っていない。

彼らの主張がコロコロ変わるのは、時代ごとの最高の観測技術をもって予想しても、昔よりも現代の方がより詳細なデータを揃えることができるのだから違った結果が出てきてしまうのは当然の事だ。
ましてや常に変化し続ける気象という分野を扱っているのだから完全な予想など到底できようもない。逆に言えば気象観測なんぞまだまだ未完成な分野なんだ。

その揚げ足を取るような真似はすべきではない。というか素人はそんなことをする筋合いじゃない。

それでも素人にできることがあるとすれば勉強をしてデータの精査をする事くらいだ。
営利目的だけで環境問題に取り組む企業や悪意ある人間の思うような方向に貴重なデータを利用させてはならない。


最終的にいつも事なかれ主義に落ち着く自分が心底嫌いだ。そんでもってそんな自分が好き。
と、言えるくらいにまでなってみたいもんだ。

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雑記 

さて。

今年ももうゴールデンウィークですよ。学生の特権を最大限に活かして一週間を超える休暇となります。
いい天気が続きそうだし計画的に過ごしたいもんだね。映画でも観に行こうか。

ワンフェスの参加料を振り込んできました。なんか500円引きでした。
クソ忙しいと言われているこの学年になってこんなことをやり始める愚かなオレを罵ってください。悦びます。
学業をおろそかにしないことはもちろん、お金がかかることばかりなので不安を抱えつつの作業になることと思いますが、まぁそこは持ち前の楽観主義でどうにかしましょう。
どうにかって何だって感じですけど。


最近また太り始めました。今回は流石にヤバイ。順調にメタボライズ(←オレの中だけで流行語)が進んでいる。おなかプニプニです。

ティーン以下ならそれも「カワイイ~♡」で許されるんでしょうけどこの歳でそれはないだろうからね。
このまま行けばマジでピザ化しかねないのでそろそろ対策に乗り出さなければならない。
走りこむのはめんどくさいからな・・・。スクワットでもやる・・・か?だるいな・・・。

リアルドラえもん 

ドラえもんをリアルに描くという試みはネット上だけでもすでにかなりのパターンが生まれていて、その大半が8頭身だったり妙に冷めた性格だったりしていて、その「リアルなドラえもん像」がある程度出来上がってしまっていることに対する違和感をずっと以前から感じていたので、また少し違った切り口からリアルなドラえもんというものを考えられないかと思い描いてみたのが今日のラクガキ。
授業中のラクガキってどうして無駄に盛り上がるんだろう。
TS350460.jpg
我ながら会心のキモさである。

愛はッ!理屈を超えるとでも言うのかッ!! 

恐怖の授業をひとまず乗り越えることができた事を喜んでいる。

他の人の発表にいちいち茶々入れてたら、自分の番になった時に散々突っ込まれたので後悔しました。
発表直前まで緊張のあまり「私は貝になりたい」などと意味も分からずに言っていた。あの授業もういや。いい先生には違いないんだが緊張感が尋常じゃない。
あんまりストレス溜まったもんだから発表後はずっとこんなの描いてた。
TS350459.jpg

以下近況。

朝の5時半頃でも最近はすっかり明るくなったことに軽く引いてます。こんなに早い時間から夜が明けちゃって地球は一体何がしたいんだ。狙いが分からん。
徹夜作業の敵だと思います。プレッシャー的な意味で。


なんだか最近おかしい方向に思考が向かってます。
いや、決しておかしいわけじゃなくて、それはむしろ誰もが真っ当だと思うくらいまともなものなんです。

で、その考えてることというのが「人と人とを繋げている不思議な力はどこから来るのか」というもので、その「力」を何の疑いもなく肯定しちゃっている自分も不思議というか。
今までそんなことほとんど気にしたことなんかなかったのに、ここに来て急に、それでいて心のどこかからか自然と湧きあがって来たこの感情は一体なに?

なんというか、どうしてこんな方向にモノを考えるようになったのか、そのきっかけがハッキリしないもんだから戸惑ってるというのが正直なところか。

ほら、オレにとって親っていうのは生んでくれた人ありここまでオレを育ててくれた人であり、自分の起源という意味では絶対的なものですらあって、それでも人間的にはどうなのよと思う部分もあったり、じゃあそれで嫌いなのかと問われれば答えはノーで、その理由は何かといえばやっぱり人生の大半を共に過ごしている人間であるというのがあるわけで。もちろんそれだけではないが、「ただそれだけのこと」で考えただけでも自分の中でかなり大きな存在になってるのは明白で、兄弟に関してもそれと同様の感情を抱いていて、それなりに家族の問題とかもいろいろ抱えてるけど、一生その繋がりが切れることはないと思うし、少なくともオレは何が起きても縁を切るということはしないだろう。

まぁこの感情に関しては根拠はないにせよ理解はできる。それが家族ってものならそれでもいいと思う。
もっと分からないのは夫婦とか地域のコミュニティーとか本来は他人のはずなのにいつの間にそんな繋がりができあがっちゃったの?っていうアレですよ。
両親を眺めてると最近はいつも思う。この人達はかつて他人同士だったのに今じゃすっかり家族になってるんだよなぁ、と。

そこではオレが現時点で家族に対して抱いている感情とは全く別の次元の力が働いている。
オレが家族に向けている感情は至極当然のものだと思うし(こういうことってステレオタイプに聞こえがちだけど、そういうことに関して全く抵抗感がなくなったのは物凄い変化だ)、またそれが血の繋がりという切っても切れない確固たるものがある事に起因している一面も認めた上で夫婦というものを考えたときに、その血さえ繋がってない人間同士がその後の人生を共に生きることを了承し協力し合い共生しているのが不思議でならん。お前らを結び付けているものはなんだ。

オレからすれば家族は生まれたときから一緒だったから当然のように憎みもするし好きにもなるっていう愛憎混在した存在でもオールOKだと思ってて、その関係を生み出したのが過ごした時間と出会いのタイミングだとすれば、必ずしも夫婦の場合はそれが当てはまらないんじゃないかと。

他人から恋人へ、そして夫婦となり子供ができて核家族を形成する過程で何が起きたのか。
血の繋がりさえ超えた、宇宙的ピラミッド的パワーが作用しているとしか思えん。超次元にもほどがある。これこそ本当に理解できん。なんでお前ら夫婦やってんだと是非一度問い詰めてみたい。いや決して悪い意味じゃなくこれ以上ないくらい肯定なんだけども。

しかしこうなってくると結論は「夫婦ってすごいなぁ」という全く答えになってないところに着地せざるを得ない。そういう意味では激しくどうでもいい。そしてその結論すら物凄くステレオタイプだ。

どうでもいいことのはずなんだけどどうしても気になる。なんなんだこれ。
まぁ人と人とのコミュニケーションという側面からなら今後も考えるに十分値するよ。一番重要なのはそこなんだし。


まぁそんな感じです。
ああ今日も学校だ。

いきなり出された課題がなかなか手ごわい件について 

課題で視覚障害者について調べてるんだけど、どうにも現代技術はオレの想像をはるかに超える領域まで来てしまっているようです。
つうか目が見えない人もすごい。

点字ディスプレイとかあって、目が見えなくてもメールの読み書きができるんだってさ。ドコモのらくらくホンをかなり使い込なしている方もいるらしく、その適応能力に驚かされるばかりだよ。

時計とかカレンダーはどうしているのかと思ったら、それも結構ちゃんとした製品が用意されてて、時計は手で文字盤を触わることで時刻を知らせ、カレンダーは名詞サイズ程度のカードに月初めの日付と曜日だけ点字で打たれただけのものがあるんだそうだ。考えてみりゃそれで用は足りるんだよな。

ウチのお母さんは、つい先日まで障害者の就労施設の厨房で給食のおばさんとして働いていたのでちょっと話を聞いてみたら、事故で全盲になり施設に来るようになった方は一人で天ぷらを揚げることができたらしい。びっくりだ。そんなことまでできるのか。
一人暮らしとまではいかないものの、日常生活のほとんどの動作をこなすことができるんだそうだ。

目が見えなくても数学や物理学の教授になってる方もいる。口頭で講義するだってさ。東大にもそういう方がいらっしゃるそうですよ。どんだけハイレベルなんだよww

今更ながらオレは障害者に対して知らないことが多すぎる。今までの人生において障害者との関わり合いはゼロではないし、むしろそれなりに理解がある方だと自分では思っていた。
それがどうだ。ここに来て一度に知らない世界に触れたせいで面食らってしまっている。

「知らない」ことが「恐れ」に繋がるのなら、知ろうとしないことは差別以外のなにものでもない。
また、知った時に驚くというのは、結局心のどこかで差別する気持ちがあるということなのかも知れない。


オレは目が見える。何がどうひっくり返っても目が見えない人の世界を知ることはできない。
そういう意味でこの世には絶対的に計り知れない部分があるのは分かってる。それはいかんともしがたい事実だ。

だからと言って見知らぬ世界を排除するのではなく、できるだけそれを知ろうとし、積極的に近づいていかなければ相互理解どころか一方的なエゴの横行を許すことになる。それだけは避けたい。

とにかく考えなきゃ。考えなきゃ。

愚堕愚堕と一人言つ夜 

とても眠たいです。スズタケです。
チラシ用画像
このイラストが描きあがった時点でサークルのオレの担当分は全て終了なので一安心です。
でも後輩の子らに3枚もイラストを描けと言われたので今から描きます。そういえばシオさんからも絶望先生描けって言われてたっけ。さてどれから描くか。
いや、とりあえず寝ることから始めようか。

なんの因果か今日の授業でひたすら一つのコップを様々な角度・視点から眺めてスケッチし続けるという修行のごとき行為を成し遂げてきたばかりなので、妙に手が落ち着かずザワザワしてるところなんですよ。久々のスケッチだもんで描けねえ描けねえ。

まぁ気を取り直してイラストでも描くべ。なんだかんだ言ってオレは好きなものを好きなように好きなだけ描くのがなにより好きな質なんだ。なんだオレはアホの子か。分かりやすいね。

前回の記事に書いた自分のイラストに色気が足りないという点についてはだいたい原因は分かってるのでそこを意識して描いて改善していこうと思う。改善というかキチンと原因を解明して理解しておきたい。
オレの予想が外れてなければ、描線にリズム感というか抑揚をつけてあげるだけで随分変わって見えるはず。まぁ描いてみない事には何一つ分からんが。絵柄なんざガンガン変えてくれるわ。

今の自分のイラストに関して思うことは、とにかく手癖を捨ててよく対象を見て描くことにあると思っているので、人の絵柄だろうとなんだろうと選り好みせず吸収するほかあるまいて。
こんなに楽しいことはないわけだし。

最近になってようやく今までの自分がいかに手癖に頼って描いていたかを「理解」できたので、これからはとにかく見ることに全神経を集中しようと思ってる。今までの自分が何を見て描いていたのか分からなくなるくらいに今の自分は見ることを意識するようになった。まぁ意識するようになっただけで全然それが反映されてないんだけども。今更この段階なのかオレは。

もうだから通りすがりの人とか情け容赦なくギラギラ血走った眼で視姦していく所存ですのでどうぞよろしくお願いします本当にもう・・・。
人間とか造形面だけでも分からない部分が多すぎるわ・・・。ましてやデフォルメなんて・・・。

ファック&ファックでございます。

じゅぎょいかいし 

昨日後輩の子に「先輩の絵には色気がない」と看破されて地味に傷心な俺スズタケ。

1年の頃にもまったく同じ事を先輩に言われたのでこれはもうガチなんだろうなぁと思う。
あああ…あ……。

その後輩曰く「エロというより色気」が足りないらしく、昔からステレオタイプなエロが好きなオレはどうしたらいいのと。

エロではなく色気。
男ならGacktみたいのか。
女で言えば……誰だ。分からん。

マジでドS女医とか女教師(国語)みたいなのしか思い付かない。
きっとネックなのはここなんだろうな。


まぁそれはともかく授業が始まりましたよ。

ガイダンス期間とは言え学校の空気ってのはなかなかに疲れるもんだな。いまだに眠気がとれん。

嘘だと言ってよ 

涙目とかそんなレベルの話じゃない事態が起きた。

去年制作した課題のデータがほとんど入っていたUSBがお亡くなりになられました。

バックアップを取っていなかったばっかりに、去年一年間のストレス原因は全て水泡に帰すという結果に。

消えたのはパネルデータだけじゃないよ。調査した事とかたくさん保存しといたからね。
何が痛いって外見は1ギガ分のデータの損失だけのように見えて、実際はデータを全て一から作り直さなければならないため、その手間や時間を考えると実質的にはそれ以上の損害になるあたりだよ。どうすんのこれ。

まぁそんなこんなで絵は描くんですけどね。リコロン用の原稿を地味に描く。
お姉さん
一昨日は一昨日で、すなン家でプラモ組み立てたり色々やってました。なんなんだろうね。
正直データさえ消えなければUSBごときいくらぶっ飛ぼうが知ったことじゃないんだ。でも今度ばかりは実際に消えちゃってるからもう泣くしかないよね。いっそこの場で失禁するぞ。今するぞ。

誰に向けることもできないこの感情をどうしようか。振り上げた拳が空を切っているぞ。

近況というか雑記 

昨晩から大雨ですね。
入学式の前日に雨に打たれて散りゆく桜を眺めることなった新入生の心境や如何に。

埼京線からこんにちわ。スズタケです。

ここんところ空気が乾燥してたのでオレにとっては恵みの雨です。
季節の変わり目という事に加え、花粉と乾燥で指先の荒れ方が未だかつてないレベルにまで達したので助かります。素手で粘土に触ってるのもマズいんだろうが。

春眠暁を覚えずなんて言うけど最近のオレは朝に強いよ!
12時すぎると眠くなって朝の5時頃目が覚める。

イスで寝てるから体にはあまりよくないのだろうが、布団で寝るとおやつの時間まで平気で爆睡できるのでそれはそれでよくない。気持ち的に損失が大きい。
布団でヌクヌク快適なのも度が過ぎると考え物だなと思います。最近そう思うようになりました。

まぁ授業が始まったらちゃんと寝ないと体力が保たないだろうから寝るけども。


そういやこないだ学校でスカルピーをゲットしました。しかもほとんど未使用!
地味に高いものをアホな卒業生が教室に放置していきやがったwwwバカめwww
買ったならせめて少しくらい試せばいいのにもったいないwwwwwおかげでオレは大喜びですよwwwwwホクホク儲け儲けwwwwwwwwww

「萌え」の真髄とはなんぞや 

萌え絵的な
ラクガキレベルでいわゆる萌え系の絵に挑戦。ざっくりざっくり。

きらレボという漫画的表現の一つの極致を知っていたせいかすんなり描けた。だが何か足りない。画力以外にまだ何かが欠けている。おそらくそこに萌えの真髄がある気がする。

ちなみに左側の人はサークルで発行する冊子のネタに使います。この人にはモデルがいるというのがミソです。それが誰なのかは言わないことにする。この絵から想像して当てることができたらウマイ棒買ってあげますよ。あとチュッパ。


そういや今年から2階の食堂が消滅して学生ホールになるみたいですね。固焼きそばはもう食えません。あとに残ったのは不味い1階の食堂だけです。あとコンビニ。
ただでさえ学生の数が増えるってのに食堂が減ったら昼時の混雑が一気に加速するぞ・・・。しかもまだ食える方の2階を潰すとは・・・。これから昼飯どうすりゃいいんだ・・・。

ツクシ尽くし 

教室に置きっぱなしだった荷物を回収しに学校まで行ってきました。
まだ学バスが出てないので不便なことこの上ない。
2008.4.3 猫
一通り荷物が片付いたので構内のベンチでゆっくりしていたら、足元に三毛猫が擦り寄って来ました。
春休み中の2ヶ月ほど放置されてたはずなのになんでそんなにふくよかな体つきしてるのかと。

よくみたらどこかの誰かがキャットフードを用意して餌付けしてました。教授か事務の人かな。柱の陰に皿と水の入ったボールが2つ3つ・・・。
まぁかわいいからいいんだけどね。でもそろそろ衛生面を考えて対策に乗り出した方がいいんじゃないかな・・・。可愛がるだけじゃなくて猫の健康を気遣うのも大事なことだと思うのだけど。誰かやれ。

2008.4.3 つくし
東所沢行きの市バスが20分後の奴しかなかったのでしょうがないから駅まで30分歩きました(しかもその一本を逃すと数時間もの間バスがない)。
その道すがらツクシが生えてるのを発見。今年初ツクシ。オレ歓喜。
所沢はちょっと油断するとすぐに畑や野原や林が出現する土地なのでツクシなんか腐るほど生えてます。
上の写真はハイテンションのままケータイのカメラで撮ったのですが、家に帰ってパソコンの画面で見たら全体的に白っぽくなりすぎていたので明るさとコントラストだけ弄ったものです。期せずして手前のツクシが強調されるような空気感に仕上がったの事に自分でも驚き。が、それがかえって物寂しさまで強調してしまっているので失敗っちゃ失敗。
まぁツクシが可愛いから全て許す。

以下の写真は冷静にカバンからデジカメを取り出して撮影。
つくし 1
ほら春っぽいよ。
それなりのカメラで太陽光の下で撮れば大抵キレイに写るんだよ。この時期は色んな色の花がたくさん咲いてるから撮りがいがある。太陽は偉大だね。
つくし 2
いっぱい生えてます。
漫画家の五十嵐大介は、自身の作品中でツクシの事を「けなげに天をめざす大地の小さな精霊」と言ってました。
良い視点。
つくし 3
なんでもない雑草や苔が大好きなので気が向いた時にこうして撮ることにしてるわけだけど、やっぱり写真の技術はある程度勉強しておいた方がよさそうだな。たった一枚の写真で自分自身の感動を他人に伝える事ができるならそんなに素敵なことはないじゃないの。まぁそれはなんでも同じことなのだけど。

過ぎ去りし四月馬鹿を引きずってみる 

4月1日、エイプリルフール。
「他人に嘘をついても許される日に、あえて自分に正直になってみるのも面白いのではないか」と突然思い立ったので実行に移してみました。

本当ならこういうことは当日までにキチンと計画的にやるべきなんでしょう。しかしながら思いついたのが当日だったので仕方がないじゃないか。フォトショで加工するのにこんなに時間がかかるとは思っていませんでした。結果的に丸々一日を消費するはめに。大誤算であります。

kokokara.jpg
ハンコ。
ハンコ用の石(?)を画材屋でみつけた時に感じた「これだっ!」という感覚を信じた結果こんなことになりました。

脚は、とても、良いものです。

初めての作業だったのでてこずるかと思いきや、2時間ほどですんなり彫り終えることができました。

自分に正直であることは他者への誠意なのではないでしょうか。違うな。

机上
なかなか上手く捺せず試行錯誤していたらいつのまにかこんなことに。一心不乱に事を為す事が如何に危険かをよく示していますね。
枚数にして16枚、捺した回数は148回にもなりました。

それから「せっかくだから加工して壁紙にしよう」などと思いついたのが間違いの始まりでした。
先に述べた通り印は148回も捺されてます。できればその全てを使った方が気分的に最高なのですが、途中で「この先切って貼って並べ続けるという途方もない単純作業に耐えられるのか」という疑問が浮上してきたので泣く泣く諦めました。
諦めるまでに要した時間は8時間。こんなに無駄なことはない。

結局作業開始から14時間ほどパソコンと格闘するハメになりました。

デスクトップ画像
半分寝ながらやっていたのでよく見ると酷い出来です。
しかし余は満足じゃ。こんなに充実した時間も珍しい。すごく楽しかったです。

雑記 

ニコニコの時報終了のお知らせwwwwwwwwww運営ざまあwwwwwwww


ここんところ昼夜逆転の生活をしているせいか、眠気が襲う時間帯がおかしいことになってます。寝ようと思ったときに寝れないのがちょっとイラっとするけど、まぁ充実してるので別にいいです。こんな生活できるのも春休みいっぱいだな。もう4月だ。

机の上がぐちゃぐちゃだったので整理しました。片付けをするたびに色んなモノが発掘されるのにももう慣れた。いきなりエナメル線とかポータブルカセットプレイヤーが出てきても驚かない。
大分さっぱりしたのですごく気持ちがいいです。

3月中は記事の数が今までで一番少ない結果となりました。意図的に少なくしてるから別に問題ないのだけど、毎日のように書き続けるだけでも結構頭を使っていたんだなぁと感じています。内容はともかく書くことが大事なようです。まぁ気が向いた時にしか書かないんだが。

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