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こんなのってないよ 

今日は学校の入学式でした。
この地域では珍しく桜が満開の中での式となり、これはこれで感慨深いものがあった。
式もその後の挨拶も午前中に全て終わったので、その後はさいたま新都心までひとっ走りして2回目のラプンツェル鑑賞と洒落込もうじゃねえかと考えていた。学生証も発行されたから学割きくし。
しかしそんな小さな事などどうでもよくなった。帰宅して数時間が経過した今思い返しても訳がわからん。ワケワカランついでにその顛末を書いてみたい。


式を終えて校舎を後にし、GoogleMapに従い一路新都心へ。向かい風もなんのその、買ったばかりの自転車に乗ってまずは荒川土手沿いまで。行き当たりばったりがモットーなので、GPSはおおまかな方角を確認するだけで、基本的には目視と冴え渡る勘を頼りに突き進むのがオレのジャスティス。
その時も一旦方角を確認しようと見晴らしのいい土手に上がったところだった。今にして思えば、それさえしなければあんな事にはならなかったんだ。
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問題の土手。

土手に上がったオレの後から着いて来る人影が一つ。
「ここってどの辺ですか?」
そいつは出し抜けにそう尋ねてきた。

ピンク色の子供用自転車、紺色のジャンパー、汚れた軍手、首から仮面ライダーの財布を下げた少年がそこにいた。肌が浅黒い。なんだ、この泥だらけの少年は。何よりいかにも染めた風な茶髪が似合ってない。

地元の子供だろうか。小学校低学年くらいに見える。ここがどこかって?去年までのバイトの経験から、このくらいの子供なら迷子になってもおかしくない。ああ、迷ったのかな。そう思った。

とはいえ自分も目的地へは行き当たりばったりでぶらぶらしながら行くつもりだったので、当然ながら土地勘などないので分かりやすい目印だけ教えることにした。
「川越線のすぐ近く辺りだよ」あっちの方に行けばすぐに線路があるから線路沿いに行けば川越市街に出るからね、と告げてオレは颯爽と立ち去る。はずだった。

「お兄さんはどこに行くんですか?」
ん?会話続けるの?いいけどなんで?とは言えず普通に答えてしまう。
「さいたま新都心だよ。君はどこに行くの?」キャッチしたボールは投げ返すよ。
「僕は今探検してるから、親が仕事から帰ってくるまで出かけてんの」
探検か・・・。いいねえ。オレも覚えあるよ。小学生の頃は知らない土地に行くだけで冒険だったな。可愛いじゃないか。
そっかあ、などと適当に相槌を打ちながら二言三言交わす。屈託の無い子だなぁなんて思っていた。

話を聞いていると、どうやら彼はオレがさいたま新都心に行くと言ってもあまりピンときていないようだった。まぁ小学生じゃ行動範囲なんてたかが知れてるし知らなくてもおかしくない。そんなもんだろう。すると何を思ったのか「僕も行きたい」などと言い出した。

いやいや、オレはラプンツェル観たいし、見知らぬ子供を連れて10km以上のサイクリングなんて御免だよ。ましてや彼の帰り道の事も考えると倍の距離だ。そんなもの、承服致しかねます。
しかし彼は距離的にかなりある旨を伝えても「大丈夫」と言う。このくらいの子供って割と自分の体力や知識を盛って話す傾向があるから言葉をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。
正直困った。どう断念させるか思案していると、人の話しを聞いているのかいないのか「お腹空いた」などと言い出した。

「お昼ごはん食べてないんだよなー。お兄さんはお昼食べた?」
なんというタカリ。会って3分でこれ。訊くとお金は家に置いてきたという。それでどうして探検をしようなどと思ったのか。
しかしこうなってしまっては仕方ない。考えてもみてほしい。周囲に店らしい店などない土手沿いの道にお腹を空かせた少年一人を残して行けるだろうか。どこか近場の適当な店でご飯だけ食べさせてそこでさよならしよう。よし、それだ!いける!

という経緯で初対面の少年とちょっとしたサイクリングをする羽目になった次第でございます。
まぁ結局ちょっとしたサイクリングで済まずにさいたま新都心まで行く結果になったわけだけども。

一緒に走りだしてから彼はこっちが何も訊いてないのに勝手に喋る喋る。今乗ってる自転車は拾ったもので空気を入れて使えるようにしただとか、それ大丈夫なのかという内容の事までべらべらと。
基本的に素直な子なんだが言葉の端々が妙に引っかかる。親の車がアルファードというのを聞いたら、なんか色々事情を察しちゃって考えるのが馬鹿らしくなったが(偏見)。

ひとまず飯だ。ある程度大きな通りに出れば何かしら店があるだろうと踏んで二人で走る。
ところがその店がない。途中見つけたのは「寿司」「焼肉」「ラーメン」そんくらい。
寿司は個人的に夜食べるもんだろうというのがあって却下。高いし。焼肉は論外。彼はその両方をしきりに要求していたが。
残るラーメン屋はどうかと訊いてみると「気分じゃない」とのこと。てめえ誰の金だと思ってんだと喉まで声が出かかるもグッと飲み込む。いやまぁ分かるけどさ。寿司も焼肉もいかにも小学生の「贅沢」のツートップだもんな。しかし100mごとに寿司寿司と連発されると流石に気が滅入りますよ。

面倒だから「今オレは働いてないからお金がないんだよ」とドストレートな一言で遠慮の心を教える。学生だかんな。間違いではない。

途中で休憩を挟みつつ、ゆっくり時間をかけながらなんだかんだで新都心まで着いてしまった。10kmくらいはあったと思う。ゆっくり走っていたとは言え、子供の体力で10kmはよく頑張ったなと素直に感心した。彼に自分が振り回されているのか、それとも逆なのか、とにかくこんなところまで連れてきたのはオレなんだから帰りも責任をもって送り返さなきゃならなくなったわけだ。
確実に彼を明るい時間帯に帰宅させるためには新都心を何時に出発すればいいのか、余裕をもって時間を配分する。厄介なその状況を楽しんでいる自分がいた。

さすがに新都心にも着けば食事処なんざいくらでもありますよ。その中で比較的オレの懐を傷めさせずに、かつ彼を満足させる選択をせねばならん。じゃあマックでっつうことで、金額の上限を設定した上で好きな物を選ばせた。この判断が甘かった事をオレは反省して今後に活かさなければならない。

明らかに頼む量が多すぎる。そんなに食べきれないでしょっつってんのにセットと単品のハンバーガー、シェイク(選べる範囲で一番でかいものを選ぶ周到さ)を注文。金額はともかく自分の胃の大きさを理解してない。
結局ジュースもシェイクも飲みきれず、ポテトは丸々オレが食べることになった。

食べながらずっと気になってたことを訊いてみた。「君は何歳なの?」と。
すると「16・・・いや、14歳です」と彼は答えた。
今お前言い直しただろ、とは言えなかった。口の周りにテリヤキソースをべったべたに付ける14歳がいてたまるか、とも言えなかった。どう控えめに見ても小学生、せいぜい7~10歳がいいところだろう。一度トイレに立った後にもう一度「で、ほんとは何歳なの?」と訊き直しても「だから14歳だよ」と言われてしまった。そこでようやくオレは悟った。なるほどこういう子か。

試しに帰り道のルートを検索する振りをして「君ん家の近くに大きな建物とか分かりやすい物はある?」と尋ねてみると、即座に「〇〇小学校」と答えた。ツメが甘いというかなんというか。なんで年齢なんかで嘘をつく必要があるのか全く分からなかった。

お腹がいっぱいになって人心地がつくとおねだり攻勢が強まる。
「妹がおもちゃを欲しがるかも」
「妹がテリヤキバーガーが好きだからおみやげを買ってあげたい」
「やっぱりプレゼントが必要だよ」
君はお金を持ってないんだよね?と言っても聞いてるのか聞いてないのかはぐらかす。厚かましいなぁと呆れつつ、こういう子供っぽい図々しさを忘れずに成長した大人が美味い汁を吸えるんだろうなぁとか全然関係ないことをぼんやり考えていた。

そのうち要求の仕方も高度になってきて、「今欲しいものがあって、DSが欲しいんだ」と言うので「そのお金は誰が出すの?」と返すと「前のDSなら安いのがあるよ」などと代理案を提案するようになった。買わねえよ、当たり前だろと突っぱねる以外ないにしても、“フリ”でもないのに初対面の人間にどうしてこうも色々要求できるのか純粋に疑問だった。自分が子供の頃、親にすらおねだりする事がほとんどなかったのと比べると別次元の生物にしか見えない。

マックを出てからもとにかく目につくもの全てを欲しがる。特に食べ物に関してすごかった。「あ、たこ焼き売ってるね。食べないの?」「メキシカンドッグだって。美味しそう」「アイスクリームかぁ」「これってドリンクバーついてるの?」。全てオレが金を出すという前提で話を進めて、そうするのが当然という話し方をする。分からん。ナメられてるだけなんか。純朴そうな目ェしてからに。

それから彼が作っているという紙工作を見せてもらった。
張り子の要領で紙を糊で貼りあわせたゴーイングメリー号だった。いつも持ち歩いているそう。

その出来が案外よくできてて感心した。糊でベタベタなんだけど、形自体は小学校低学年にしてはよくやってると思えるレベルだった。その時「新しく作りたいから紙を買って」とまたしてもおねだり。しかしこの場合は金を出す意味はあるんじゃないかと思い、文具売り場に行き最低限の折り紙だけ買ったあげた。どういうわけかスティック糊は自前で持ち歩いていた。

すぐに作りたいというので、地下のフードコートに移動し、客が少ないのを確認してから一角を占拠して二人で工作を始めた。白一色だったものが一気にカラーになっていくのは見た目に変化が大きくて面白い。
工作しながら話をよく聞くと、厳密にはそれはゴーイングメリー号ではなく、彼のペットであるオカメインコのテンちゃんをフィーチャーしたゴーイングテンちゃん号ということだった。

どんなに図々しかろうが厚かましかろうが、子供が何かに熱中してる姿ってのはいいものだなと思いながら眺めていた。放ったらかしにしてオレはオレで絵を描いたりしていたらテンちゃんの顔を作れと言われたので一緒に作ったりもした(この時「なんでこんなことやってるのか」感がピークに)。
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当初の出発予定時間より35分過ぎてからようやく席を立つ。帰り道はまた長距離になるので出発する前にトイレを済ませ、糊だらけの手を洗わせ、机のゴミを掃除させた。そしてこのタイミングでアイスクリームを買っていた。お前お金は家に置いてきたって最初に言ってなかったか。なんなんだこの子は。

さいたま新都心から彼のテリトリーである志木市まで送る。だいたい10km弱の道のりだ。休み休みえっちらおっちら自転車をこいだものだ。
自転車に乗ってる時はさすがの彼も大人しい。交通ルールは言われたように守るし、狭い道を人とすれ違う時は「すみません」と一言言えるし、基本的にはいい子なはずなんだよなぁ。

今日は面白かったと言う彼は無害な子供そのもの。自分の力で遠出したい、探検したいという気持ちも健全そのものでしょう。なのにあの欲張りようはなんだったんだ。どこまでもそこだけが違和感として残る。

オレが言ったところで説得力も糞もないんだが、別れ際に「あんまり知らない人にほいほい着いて行くのは危ないことだから気を付けなよ」と取ってつけたように言っておいた。無事に帰れてるといいんだが。


あの子は人を疑う事を知らないし物怖じしない。今日みたいな訳の分からない状況を作ったのは結局大人であるオレの責任で、いくらあの子が無遠慮だろうとそれを突っぱねる必要だってあったはずなのよね。荒川の土手で一緒に行きたいと言われた時に「来んなクソガキ!」っつって世間の厳しさ世知辛さを教える務めもあったんじゃないか。

想像だけど、きっとあの子は今までも今日と同じように誰に対しても物怖じせずに話しかけてたんだろうなと思う。今日オレが色々買い与えたことでさらにそれに拍車をかけることになったろうし。
そこで怖くなるのはこれからの事で、あの子、あのままで大丈夫なのかな。初対面のオレに対して「遊びに行くから住所教えてよ」なんて言っちゃうくらい無防備なんだよ。幼稚園児でも「飴くれても知らない人について行っちゃダメ」くらいの事は認識してるよなぁ。それを教えるのは親の仕事だろうか。学校の仕事だろうか。オレが教えるべきことだったんだろうか。

まぁなんにせよ、このご時世オレのやったことは客観的に見れば黒に近いグレーなのは間違いないので、そういう意味でも「不憫な子供を見かけても連れていっちゃダメ」を徹底し、それをやるなら警察に届け出るのが一番の解決法であると肝に銘じるべきである。

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消費活動楽しいです 

イヤホンに続き新しくWALKMANを買いました。耳周りの環境が一気に変わりますなぁ。
今まではポータブルCDプレイヤーのWALKMANだったわけだけども、今日からはメモリータイプになります。32GBっつってね、2万円もした。高えよ。

すげえ・・・オレ、今、時代のビッグウェーブに乗ってるよ(一世代前のモデルです)。今なら「ポータブルCDプレイヤー?ああ、あのかさばる奴(ワラ」と鼻で笑えるレベル。元々あのCDプレイヤーの操作感の悪さには辟易していたからな。買ってよかったと思います。

Sシリーズなので上位機種のAシリーズやXシリーズよりはハード的にもソフト的にも性能が下になります。音質だって恐らく劣るでしょう。
でも、いい。もーアレよ、圧縮しないで記録容量の限界まで詰め込みまくるつもりだからそれでよしとする。それでいいという事にして自分をごまかす!そこさえ目をつむればデメリット以上のメリットを得ることができるんだ!そうだ!損得だ!シビアに考えろオレ!

今までずっとCDで聞いてきたので、iPod全盛の時代にあってPCに音源を取り込む習慣がないまま現在に至っている。だもんで手持ちのCDを取り込む作業がすごいことに。今もPCの横にCDがタワー状態になってるよ。
ひとつ懸念しているのは、CD一枚の容量がだいたい700MBだとして、圧縮しないでWALKMANに取り込んだ場合50枚弱くらいしか入らないんじゃないかということ。2枚組のアルバムが恨めしい。こうなると一旦HDDに保存しておいて、必要に応じてWALKMANに出し入れするっていう方法をとらざるをえなくなるわけだ。バリュー感・・・あるのか?

まぁ今までのようにCDを一枚一枚取り替える必要がなくなるから、その点においてはかつてない程快適なミュージックライフをenjoyできるようになるはずだ。そう、限りないsatisfactionをGetting My Way・・・。


CDドライブの質が悪いのか、ものすごい勢いでブンブン唸ってるんだが大丈夫なのかこれ。こんなんで正確にコピーできんのかね。
ノートPCのCDドライブって交換できんのかな。できたとしてもどうせまた純正品しか対応品はないですー保証はしないですよーとか言われるだろうからやらないけど。


今夜は久しぶりにバイクをぶんぶん乗り回してる人々が大量に湧いているようで外がえらく賑やかです。ああいう人達も騒音をぶちまけたり人に迷惑かけたりしないで地域にお金を落としてくれれば個人的には走り回ってくれても全然構いません。
どうやらそんな聞き分けのいい人達じゃなさそうなので、おまわりさんどうぞやっちゃってください。おかげで我々市民は安心して眠れます。

新年度初でございます 

新年度ですよ。びっくりだよ。つい先日22年度になったばかりじゃねえか。9つ前の記事ではまだ21年度なんだぞ。どんだけ容赦なしだよ。
気付いてみれば前回の更新は2011年で最初だったんだな。改めて記事の数を確認するとすごいな。加速度的に更新頻度が下がっている。加速度的というか、記事の数をY軸、更新日時をX軸にしたら漸近線のようなグラフが出来上がるような気がする。いや、それは言いすぎか。

せっかくなので22年度の個人的総括でもしましょうか。これといって誰かが得する内容ではないが、今後の自分のために記録しておこうと思う。


掃除洗濯が大嫌いなのは昔からだったけど、この一年でそれに拍車がかかったな。バイト先ではチャキチャキ掃除でもなんでもしてたんだよ。
でも自宅の自分のテリトリーになるとどんなに散らかっていようと掃除の「そ」の字すら考えることはなかったね。雪のように綿埃が降り積もっていようと問答無用。その埃を除雪車のごとくかき分けかき分けしながら動き回る日々。寝るときはまるでカマクラに篭るかのような格好で布団を被っていた。自室でホワイトクリスマスだよ。
流石にそれは嘘だけど、ほんとにもう、ね、掃除しなかったねー。ねー。
でも誤解して欲しくないのは、公共のスペースに関してはきっちり掃除するんだよ。上っ面いい子ちゃん体質だからな。愛され系だかんな。

それから料理な。得られたものではこれが一番大きいな。ずっと興味はあったけどなかなか手を出せなかった部分だ。
ひとまず煮物以外の自分の好きな物の作り方は把握できてきたように思う。自分の満足する味も少しずつ分かってきた。
ただし炒飯は別。一年間炒飯を作るたび思いつきで材料を変え続けてきた結果、「え?これって炒飯だったの?」と言われてもおかしくない領域へ突入しつつある。根生姜とニンニクは標準装備。昨日はオプションできんぴらの残りのゴボウを適当に細く切って投入したりもした。よく分からない食感になった。
炒飯に関してはもはや美味しいのか美味しくないのかの基準さえ見失っているので今後もガラパゴス化は進行するものと思われる。店の味は油か調味料を特定できないと再現は不可能だと確信したので、今はただご飯をパラパラに炒める技術の向上を図るのみである。
タマネギとコンソメは神。

バイトをしていたおかげで学生の頃より規則正しい生活はできていたと思う。朝起きて夜寝るっていう人間らしい生活リズムを確立できたのは大きい。寝坊が許されないっていう緊張感があったせいもあるとは思うけど。緊張感というか強迫観念よね。
ただまぁ、小売業だったこともあってシフトに左右される生活だったのはちょっと辛かったかなぁ。土日やお盆も年末年始も関係なく働くんだもの。世間の動きの逆をいく訳だからな。客商売というものがどういうものかちょっとだけ理解できました。

学校に通うための資金を貯める必要があったから、22年度はかなり財布の紐を固くした年でもあったな。清貧と言えば聞こえはいいからそういうことにしておく。
その反動か、バイトを辞めて貯金額と必要経費の皮算用が済んでからは怒涛の勢いで買い物をしている。不思議なもので、大きな買い物をしない生活を続けていると、いざ買い物をしようと店に行っても全然商品を手に取ろうと思えなくなるんだよな。で、一度買い始めるとタガが外れるっていう。そういう不安定な金の使い方してると罪悪感というかちょっと不安になったりする。誰に対する遠慮なんだっつうの。

結局コンスタントに買い物をしているのが一番いいってことなんだろうな。将来への不安から貯蓄する訳だけど、必要以上の節制は自分を小さくする気がする。卑屈にならずもっとドンと構えてしまっていいと思う。デカイ男になれよ自分!欲しいものがあるなら買えよ!ご利用は計画的にって奴だ。


小売業の内情を少しでも知りたいという狙いから選んだバイトだったけど、結局バイトとして得られた知識はそれほど特殊なものでもなかったな。客として店を観察していれば十分気付けるレベルの物でしかなかった。逆に言えばそれ以上の知識は店の運営の仕方とか経営ノウハウになるのでバイトが踏み込んでいい領域ではなかった。

でも恐らくそういった知識に関しては本屋に行けばその手の本が腐るほど売られていると思うので、今にして思えばそれほど重要なことでもなかったのかなという気はしている。ぶっちゃけた話、ルーチンでできる部分に関しては先人の知恵をそのまま拝借してしまえばいいだけでしょう。大事なのは変化に臨機応変に対応できるかどうかで、その技術は一朝一夕に学べるものでもないし人に教えられるものでもないんじゃないか。

ああ、あとバイト関連で得られた事と言えばアレね、人間的にクズでも仕事さえできれば社会的にはそっちの方が価値があるってことな。仕事ができないのが一番ダメということを学んだ。金よ、金。金を稼ぎなさい。稼げない奴がクズで稼げる奴が正義。そういうことを知りました。それを確信した時は思わずレイプ目になったわ。フリーターとはいえ社会に出て一年目でそんなんって。これから数十年どうなるってんだ。


まぁこんなとこかね。
バイトと家事しかしてないからそれ以上の感想も糞もないっつうね。総括、なのか、これは。
確実に言えるのは、得たものはあった、ということ。得たくないものも、あった。それも確かだ。

今年は一年という短い期間ながらもまた学生をやりつつ、ただでさえ厳しい状況だったのに輪をかけて熾烈を極めている就活というデスゲームに再び身を投じることが既に決定済みでございます。もうね。時間の経過と共に状況が悪化していくのはなんとかならんか。セーブポイントもなしに、ちょいとばかし無理ゲーなんじゃないか。もらえたはずの雇用保険ももらえなくなっちゃったし。

愚痴言ってても仕方ないし、やれることをひとまずやろう。うむ。人のことはとりあえず置いといて自分だけはできるだけ何事にも誠実でいようと思います。素直が一番よ。

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