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僕って褒められると伸びる子なんだよ 

清水先生と言ってもゼミでお世話になってるデザイン学科の長老様ではなくて、「日芸の文芸学科の教授と言えばあの人」という方の清水先生の話。

その清水先生の「マンガ論」を通年で取ってるんだが、夏季休暇の課題として提出したオレのレポートが「ドストエフスキー曼荼羅」に載る事になってしまった。どうしてこうなった。事務上のミスとかじゃないのか。

今年で3回目の発行になるという「ドストエフスキー曼荼羅」。先生の担当している他の授業の学生や、先生の交友関係の中から募ったドストエフスキーに関する論文やら殴り書きに近いものやらが一冊にまとまった冊子なんだけど、中にはどこかの教授とかが書いたものもあるのでとても馬鹿にできるような内容にはなってない。実際読んでみると様々な人が同じテーマをバラエティーに富んだ観点から論じているので呼んでいて飽きない。中にはハイレベル過ぎてもう訳の分からない事になってるものもあるくらい。そういうのはとてもじゃないがオレの脳味噌では理解不能。
だいたい文学なんて理解できないし、論理の通った文章とか苦手だし、高尚な文章は書けないしそもそも書くつもりもないと思っていたのに、どういう訳かまさかの採用である。どうしてこうなった(←2回目)。

もちろん選ばれたという事自体は大変喜ばしい。他学科公開の授業とはいえ、文芸学科の教授から文章を評価されて嬉しくないわけがない。ただ、ただね、レポートを書いている時点で求められている内容から外れていると思いながらも提出期限だけは守ろうと思って嫌々書いていたものを採用されてしまうとなると、その内容が物凄く恥ずかしく思えてきてしまっていっそ取り消してもらえないだろうかと思ったりしてしまうのですよ。
文字数を稼ぐためとはいえ、わざわざ2007年問題について言及したのは多分オレだけなんじゃないか。落合尚之版の 「罪と罰」のレポートなのに。

今日のマンガ論の授業は、ドストエフスキー曼荼羅に載せるカットを描くというだけの至極簡単な授業でした。好き勝手に絵を描くだけで終わるという夢のような時間。
CAVGHRQ2.jpg
レポートが載るよりこっちが載った方が素直に喜べたと思う。
ラスコルニコフに殺された高利貸しの老婆と、彼女を殺した斧。手塚治虫版を参考に。主役を描こうという気は何故か起きなかったね。多分オレ隙間産業みたいな業種で起業したら案外成功するんじゃないかな。

普段ブログで映画だのアニメだの感想を平気で不特定多数の人間に公開しているというのに、大学の一授業の一環で読む人も限られた冊子に載るマンガの感想程度のもので戦々恐々とするなんておかしな話だ。普通に考えれば逆だろう。

思うにこれは読む人の顔が見える事に対する恐怖なんだと思う。
ブログならいくらいい加減な文章でも許されるけど、レポートともなるとある程度しっかりした文章力が求められ、シビアな目に晒される分はっきりと実力が表れてしまう。そこに書き手の知性というか、ほとんど人格と言ってもいいくらいはっきりと人となりが透けて見えてしまって、要するにオレはとてもとても恥ずかしいぞと。うれしはずかし、なんて、男の言うようなセリフでもなかろうが今のオレの心境はまさにそれ。偉そうな事を根拠も説明もなくいきなり断定的に言い切るのは悪い癖だと反省しております。


話は変わって。
といってもまた授業の話なんだが。

美術作品研究っていう授業を受けていて、毎回学生が作ったミニ彫刻を発表するというものなんだけど、今日の授業で発表された作品に対して突っ込みをいれたら教室中が空気読めみたいな空気になったのでオレはとっても心外です。

そもそも発表された作品自体が美術というより実用を想定したという事だったので、先生が「デザイン学科の人で何か意見のある人はいますか」と聞いてきたんだよ。唯一工業デザインを専攻している人間としてはいくらでも突っ込みどころはあったんだけど、プレゼンみたいに疑問に思った事を言いたいように言ったら揚げ足取りをしているだけと見なされるのは分かりきっていたので、コンセプトや造形面に関してはノータッチで必要最低限の構造と色に関してのみ指摘した。そしたらなんだ。教室は微妙にざわつくし、先生までもが「厳しい意見」みたいに言うんだもの。オレはそんなに悪いことをしたのだろうか。いや、あの状況では悪いことだったんだろう。なんだか悔しい。

美術だろうと実用を考えるならそれなりの知識は必要だろうし、想定できる範囲であればそれほど専門性もなく実験するなり考えるなりすれば分かりそうなものを、美術学科だからという理由でそれをしない理由はないんじゃないの。オレが指摘したのは本当に最低限だぞ。作者本人は割りと納得してくれてたみたいだけど、その周囲にいる人がオレに対して「ありえない」みたいな顔してたのが本気で解せん。和やかなムードの授業だとは思ってたけどあれは馴れ合いという事だったのか。求められた事を正直に答えただけだっつうの。しかも人によって異なる主観的な評価ではなく、理屈でしかない部分の指摘だぞ。

う~ん・・・それでもオレがコテンパンに批判したという事になるんだろうなぁ。言いたい放題言っているように見えただろうから作者の人にとっては少なからずショックだったかも。
理屈でしかない事を相手の感情に配慮してマイルドな表現で伝えるのは相当難しい事だろう。今後デザイン学科の人間としての意見を求められたら、オレはそういう事をしなきゃならない訳だ。いくら難しいことだろうと、自分の常識を相手に押し付けるのは良くないこっちゃ。それだけの話。

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コメント

美術とデザインの考え方の違い的なもんを先に言ってさらに下から目線で入っていって、最終的にもっと好き放題……な感じでいっちゃえばよかったのに。
もっとこう…周りに敵しかいないみたいな環境をつくってみないかねwww

  • [2009/10/20 00:28]
  • URL |
  • 薔薇とゴジラと沢口靖子
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

どうせお前はオレで楽しみたいだけだろうがwwww

いやね、その授業でまだオレが発表してないからさ、今敵を作ってしまうと後が恐いのよ。

オレは美術に関してどうこう言える知識も経験もないから、そこを突っ込まれれば何も言い返せないことになるじゃない。逆もまた然りで美術畑の人がデザインの立場から色々言われたら相当ショックだろうなというのはオレでも想像つくのね。
そうするとお互いに何も言わない方が実は平和に収まっちゃったりするんじゃないの、なんて思いもするわけで。

今回オレはその辺の空気を読めず、多少セーブしたとはいえ自分の立場から色々言っちゃったから、正直もうこの時点でアウェー決定というか四面楚歌なわけで、自分が発表する時には玉砕覚悟の心境で臨まなければならない事が既に確定してるっていう状況なんだよ。

ここで・・・この状況で敵は作れない。
しかしオレも男としてこの世に生を受けた以上・・・せめて発表の時は・・・派手に散ってみせる・・・!

コテンパンに批判されるか完全スルーされたりしたらまた日記に書くと思うからその時は優しく声をかけてあげてくださいおねがいします。

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