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新年度初でございます 

新年度ですよ。びっくりだよ。つい先日22年度になったばかりじゃねえか。9つ前の記事ではまだ21年度なんだぞ。どんだけ容赦なしだよ。
気付いてみれば前回の更新は2011年で最初だったんだな。改めて記事の数を確認するとすごいな。加速度的に更新頻度が下がっている。加速度的というか、記事の数をY軸、更新日時をX軸にしたら漸近線のようなグラフが出来上がるような気がする。いや、それは言いすぎか。

せっかくなので22年度の個人的総括でもしましょうか。これといって誰かが得する内容ではないが、今後の自分のために記録しておこうと思う。


掃除洗濯が大嫌いなのは昔からだったけど、この一年でそれに拍車がかかったな。バイト先ではチャキチャキ掃除でもなんでもしてたんだよ。
でも自宅の自分のテリトリーになるとどんなに散らかっていようと掃除の「そ」の字すら考えることはなかったね。雪のように綿埃が降り積もっていようと問答無用。その埃を除雪車のごとくかき分けかき分けしながら動き回る日々。寝るときはまるでカマクラに篭るかのような格好で布団を被っていた。自室でホワイトクリスマスだよ。
流石にそれは嘘だけど、ほんとにもう、ね、掃除しなかったねー。ねー。
でも誤解して欲しくないのは、公共のスペースに関してはきっちり掃除するんだよ。上っ面いい子ちゃん体質だからな。愛され系だかんな。

それから料理な。得られたものではこれが一番大きいな。ずっと興味はあったけどなかなか手を出せなかった部分だ。
ひとまず煮物以外の自分の好きな物の作り方は把握できてきたように思う。自分の満足する味も少しずつ分かってきた。
ただし炒飯は別。一年間炒飯を作るたび思いつきで材料を変え続けてきた結果、「え?これって炒飯だったの?」と言われてもおかしくない領域へ突入しつつある。根生姜とニンニクは標準装備。昨日はオプションできんぴらの残りのゴボウを適当に細く切って投入したりもした。よく分からない食感になった。
炒飯に関してはもはや美味しいのか美味しくないのかの基準さえ見失っているので今後もガラパゴス化は進行するものと思われる。店の味は油か調味料を特定できないと再現は不可能だと確信したので、今はただご飯をパラパラに炒める技術の向上を図るのみである。
タマネギとコンソメは神。

バイトをしていたおかげで学生の頃より規則正しい生活はできていたと思う。朝起きて夜寝るっていう人間らしい生活リズムを確立できたのは大きい。寝坊が許されないっていう緊張感があったせいもあるとは思うけど。緊張感というか強迫観念よね。
ただまぁ、小売業だったこともあってシフトに左右される生活だったのはちょっと辛かったかなぁ。土日やお盆も年末年始も関係なく働くんだもの。世間の動きの逆をいく訳だからな。客商売というものがどういうものかちょっとだけ理解できました。

学校に通うための資金を貯める必要があったから、22年度はかなり財布の紐を固くした年でもあったな。清貧と言えば聞こえはいいからそういうことにしておく。
その反動か、バイトを辞めて貯金額と必要経費の皮算用が済んでからは怒涛の勢いで買い物をしている。不思議なもので、大きな買い物をしない生活を続けていると、いざ買い物をしようと店に行っても全然商品を手に取ろうと思えなくなるんだよな。で、一度買い始めるとタガが外れるっていう。そういう不安定な金の使い方してると罪悪感というかちょっと不安になったりする。誰に対する遠慮なんだっつうの。

結局コンスタントに買い物をしているのが一番いいってことなんだろうな。将来への不安から貯蓄する訳だけど、必要以上の節制は自分を小さくする気がする。卑屈にならずもっとドンと構えてしまっていいと思う。デカイ男になれよ自分!欲しいものがあるなら買えよ!ご利用は計画的にって奴だ。


小売業の内情を少しでも知りたいという狙いから選んだバイトだったけど、結局バイトとして得られた知識はそれほど特殊なものでもなかったな。客として店を観察していれば十分気付けるレベルの物でしかなかった。逆に言えばそれ以上の知識は店の運営の仕方とか経営ノウハウになるのでバイトが踏み込んでいい領域ではなかった。

でも恐らくそういった知識に関しては本屋に行けばその手の本が腐るほど売られていると思うので、今にして思えばそれほど重要なことでもなかったのかなという気はしている。ぶっちゃけた話、ルーチンでできる部分に関しては先人の知恵をそのまま拝借してしまえばいいだけでしょう。大事なのは変化に臨機応変に対応できるかどうかで、その技術は一朝一夕に学べるものでもないし人に教えられるものでもないんじゃないか。

ああ、あとバイト関連で得られた事と言えばアレね、人間的にクズでも仕事さえできれば社会的にはそっちの方が価値があるってことな。仕事ができないのが一番ダメということを学んだ。金よ、金。金を稼ぎなさい。稼げない奴がクズで稼げる奴が正義。そういうことを知りました。それを確信した時は思わずレイプ目になったわ。フリーターとはいえ社会に出て一年目でそんなんって。これから数十年どうなるってんだ。


まぁこんなとこかね。
バイトと家事しかしてないからそれ以上の感想も糞もないっつうね。総括、なのか、これは。
確実に言えるのは、得たものはあった、ということ。得たくないものも、あった。それも確かだ。

今年は一年という短い期間ながらもまた学生をやりつつ、ただでさえ厳しい状況だったのに輪をかけて熾烈を極めている就活というデスゲームに再び身を投じることが既に決定済みでございます。もうね。時間の経過と共に状況が悪化していくのはなんとかならんか。セーブポイントもなしに、ちょいとばかし無理ゲーなんじゃないか。もらえたはずの雇用保険ももらえなくなっちゃったし。

愚痴言ってても仕方ないし、やれることをひとまずやろう。うむ。人のことはとりあえず置いといて自分だけはできるだけ何事にも誠実でいようと思います。素直が一番よ。

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コメント

これだけは言える
仕事がいくらできても人間クズなヤツは結局会社でもハブられる。
最終的にそういう人間の末路は左遷だ。煙たがられるんだよ。
仕事ができるっていう中にはもちろんコミュニケーションだって重要な要素だよ。
あんまり人生捨てたもんじゃないから心配すんな。

お前さんが言うと説得力あるな。

まぁつまらない人が社会に出てるんだってことを知れたのはある意味大きな収穫だったよ。
就職するならそういう人のいないところがいいわ。

くずじゃない奴が近くにいるんなら、一人でいいから俺に紹介してくれ。
もうね、切実に頼むわ。

  • [2011/04/02 15:12]
  • URL |
  • 薔薇とゴジラと沢口靖子
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

ブルータスよお前もか。こっちが紹介してほしいくらいだわww

思うに若いのが社会に出て理不尽な目にあうのは昔からあることなんだと思うの。そういう目にあった人達が年をとってから今度は自分が若い人に対して理不尽なことをするっていうマッチポンプよ。

もうアレだな、自分がそういう人間にならないようにするしかないな。

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