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浴衣に見るオタク的嗜好を中途半端に語ってみる。 

連日梅雨特有のうだるような蒸し暑さが続いております。

そんな中、巷では浴衣姿の女性がちらほらと目に付き始め、嗚呼、今年もまたこの季節がやってきたんだなぁと喜びを噛み締めております。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。


ワタクシは今年も浮かれております。

浴衣は、本当に、イイ。

日本に生まれて本当に良かったと思う。
海外に生まれてたら、恐らく浴衣の良さは分からなかったんじゃないかとさえ思う。



古来より日本男児が触れてきたエロとは「見えないエロ」である。

女性が着物という露出度が極端に低い衣服を着ていても、うなじがどうのこうの裾がどうのこうのと細かいところにエロスを見出すのである。ものすごい根性だと思う。

欧米ではどういう訳か露出に対して大らかだが、そこに日本の着物のような服を持ち込んだ場合、興味こそ持たれるものの現地の男達はエロスを感じることはないのではないか。

肌を見慣れた外国の男にとって着物では物足りないのだ。

欧米では、昔から女性のドレスは胸元が大きく開き、苦しい思いまでしてコルセットで細いウエストラインを作らなければならないような、肉体的に「女性」を意識させる文化が定着しているので、多少の肌の露出くらいは朝飯前だと思われる。
当然そこにいる男達も見慣れたもので、ちょっとやそっとじゃ反応するものも反応しないのではないだろうか。


そこへきて日本男児は純情派である。
目ざとい、とも言える。


江戸の侍達に紐ビキニなんぞ見せた日には、夏空の下に鼻血の海が形成されるに違いあるまい。
ブロンド美女とビーチバレーでもやってみろ。勝ち目などあるはずないではないか。
相手が水着の時点で、はじめから勝敗なんて決まっているようなもんだ。

もはやそこは浜辺ではない。侍にとって最も恐るべき形の合戦場である。

ヌーディストビーチでは、関が原の戦に匹敵するほどの戦死者が生まれるだろう。

正に死屍累々。精根尽き果てた漢達の亡き骸が地の果てまで横たわることになる。

日本が欧米との力の差を見せ付けられる格好でこの戦は幕を閉じる。
ペリーもこうやってれば案外もっと早く開国してもらえたのかも知れない。

ペリー来航以来、西洋の強大な科学力を思い知った日本は、文明開化へと一気に突き進むことになった。
しかしながら日本特有のエロス観は、現代にも確実に受け継がれている。
少なくともオレ自身はそう思っている。

侍達は西洋化の波に押されながらも、己のエロス観まで曲げることはなかったのである。
何があっても海外の列強に屈しなかった誇り高き侍達の意思に敬意を表したい。

・・・・・・・・だんだん何を言いたいのか分からなくなってきた。


まぁ要するに、「見えないが故に薫り立つエロス」を感じるだけの心を日本人は文化として持っているという訳だ。

欧米至上主義的な現代において、古来からの日本的精神が生き残っている事は大袈裟ではなく奇跡に近い。

チラリズムも着エロも日本人にしか分からない一つの境地だ。
欧米では有り得ない、あっても面白くないと言われてしまうものが日本では成立してしまうのである。
(これは、日本に「オタク文化」が発生した理由の一つとして数えられるのではないだろうか。)(着エロがなんだか分からない人はグーグル先生にお尋ねなさいね。)


      ~眠いので途中省略~


日本の男は妄想に恋をする。
魔性の女とは、男の妄想心を手玉にとることのできる女のことだ。

妄想である以上、対象が現実のモノかどうかは関係ない。
自分さえよければそれで立派に成立してしまうのである。


単に浴衣が良いというのは簡単だ。
しかしその言葉の裏に何が隠されているかは分からない。

これからの季節、女性の方々は男の言動に今まで以上に注意することをオススメする。

ひょっとしたら隣の彼はとんでもないド変態なのかも知れないのだから・・・!

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