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最終的に他力本願 

ちょっと気付いたことがあったので書いときます。

みんな大好きネコミミについて。

ネコミミについてというか、ネコミミを道標にちょっと考え事をしてみた。


ここ最近劇的に萌える対象がなくなって、「衰え」とか「減退」といった言葉が目の前をチラつくようになったことは以前日記にも書いた。

その原因は何かと考えた末に、「キャラクターとそれを取り巻くモノ(者・物)の関係性こそが重要」という一つの結論に達した。
「達した」と言っても何の事だと言われそうなので説明します。
親切なオレ。


ネコミミはカワイイ。これは紛れもない真実だ。

しかしその反面ネコミミの世界の広がりには限界があることも自覚していなくてはならない。

ネコミミ単体としての魅力以前に、その個性は周囲のキャラクターの存在によって支えられているものであり、それなしにはネコミミという強烈な個性さえも輝きを失ってしまうのだ。(これはネコミミに限ったことではない。
今回はオレの煩悩の一端を担うジャンルとしてネコミミを例にあげたまで。)

つまりネコミミキャラよりむしろそれを取り巻くキャラの方が大事、ってことだ。


対象に萌えるあまり、作品の世界観を無視し「キャラ対自分」の袋小路にはまり込んでしまった人。
感情を先走せらた結果何が大事なのかを見落としてしまった(そのことに気付いてすらいない)人。

このような中身のない萌えへと至る精神状態の推移を「萌えの形骸化」と名付けよう。
いや、名付ける事に意味はないが。
なんかカッコいいじゃないか。

しかしこれによりハッキリするのである。
オレは結局抜け殻のように実体のない幻に対して尋常ならざる感情を向けていたのだ。
つまりネコミミを愛すが故にネコミミしか見ておらず、ネコミミを取り巻く時代、環境、状況、人間(?)関係といった基本的な部分に目を向けていなかったわけだ。
そりゃ限界が来るわけだな。

これは萌え方の違いを言うものであって、決して対象の否定ではないので誤解なきよう。

そしてここにきて実感してしまうのは、腐女子の得意技「カップリング」の凄まじさだ。

作品の世界観をベースに複数のキャラクターを動かし、そこに自らの意思を介在させることで更なる化学反応を起こす。

彼女達は「カップリング」に萌えている。「関係性」に萌えを見出だしている。
また、キャラとキャラの関係をジャンル化する(違いを明確にする)ことで、ありとあらゆる可能性を模索できるようになっている。
凄い。無駄がない。(男にも似たようなことをやってる人はいるけど腐女子ほどじゃない)


まぁダラダラとこんなことを言ってみたところで、オレの言う「萌えの形骸化」なんてものはほとんど意味を持たない言葉だろう。

なんせ中身がないのが「萌え」なんだ。
「萌え」なんざ初めからそうだったのに、さも自分だけ真実に気付いたかのような態度をとるのは滑稽だ。それは自覚している。

でもそうでも考えなきゃ説明がつかない。
いや、むしろそうであって欲しいとさえ思っている。

それ以外に原因があるとは思いたくない。信じたくない。
現実逃避の詭弁だ、これは。


まぁなんだ。

長々と読んでもらっといて今更言うのもなんだが、要するにオレが言いたかったのはこうだ。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓















「誰か燃料投下してくれ!!」




このセリフにガッカリした人はこの記事のタイトルでも見ればいいんじゃないかな☆
あははははおれさいてい!

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コメント

本著せばいいのに・・・

そんなの絶対変態白書になるだろ、常識的に考えて……。

ウチの教授は大概そんなのばっかだけど。

言い出しっぺの法則。
「初めての萌え」を……w

ちょwwww
懐かしいフレーズwww
ちょっと前にそんなこと言ったけね。

たぶんね、序文の「萌えってなに?」でつまづくと思う。
しかもその後の「萌えにはどんな種類があるの?」という項目の幅が広過ぎて手に負えないと思うんだ。日々進化してるものだしね。

オレなりの趣味嗜好ならこれでもかって勢いで書けるけど。

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