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客観的に眺めた自分は結果論でできている 

例えば自分の外見がある日突然変わってしまったとして(女体化や子供化など)その姿を鏡で見たときに、自分自身では「これは自分だ」と認識することができるけども、自分以外の他人に「見た目は違うけどオレなんだよ」っていうことを説明する場合は「自分自身であることの根拠」となるものが「相手との共通の記憶」程度のものしかないことに今更気づいた。

どうすれば自分であることを証明できるだろう。
絵を描くか?自分の絵柄であることを見せればいいだろうか。
そんなのマネすれば誰だってできてしまう。

暗証番号の類を思い出せる限り書き記すか。
しかしそれでも「スズタケに教わったのでは?」という疑いが残る。

へその緒でも持ってくるか。

コナン君も最初は全然信じてもらえなくて苦労してたけど、結局は相手との共通の記憶に頼って信じて貰うしか方法がないように思う。

自分がここに存在しているのは分かる。
では対外的な「自分」はどうやってここにいるのだろうか?

こんなようなことを更に突き詰めて考えると、「他人から見た今現在の自分自身をどう証明すればいいのか」というところに辿り着く。
日常生活で他人はオレの事をどうやって「こいつはスズタケだ」と認識しているのだろうか。
逆に自分は他人のことをどうやって「その人」であると証明すればいいのだろう。


ひょっとしたらハンコみたいなもんなのかも知れない。
ハンコってものは、それそのものには捺印者の意思を証明する能力はないのだけど、法がそれを認めているからハンコは効力を持っているわけで、ということはその力の源はハンコではなく法の方にあると言える。

これを先の話に当てはめると、対外的な自分を証明するのは自分自身ではなく、自分の外側にある要素が複合的に絡み合った結果なのだと言えるのではないか。
自分は結果論でしか証明できない。

というようなことを考えたけど眠いから寝ます。

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