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考え事をするのはいいんだが、時間がかかるのが問題だな 

こないだの飲み会の時に、明け方にちょろっと言ったことをしつこく言いたい。いやむしろブログのネタにでもしようと思ってた程度のことを喋ったからどう言おうが知ったこっちゃないんだけど。
まぁあの場にいなかった人にとっちゃもっとどうでもいいことですよね。

それでは始めさせて頂きます。
いつも個人的な見解メインで申し訳ない。こんなことでばかりでいいんでしょうか。

漫画について思ったこと。

昔の少女漫画は少女の妄想を誇張して展開させている。特に最大級の愛情表現がキスまでっていう典型的な少女漫画。今では滅多にお目にかかれないジャンルだよ。
そこでは少女達の「内」が表現されていると。

実際、リコロン合宿の時に先輩に読ませてもらった少女漫画の読みきり集も、アイデアをストーリーに昇華できないまま話の一部に強引に組み込んでる作品がいくつか見受けられた。
正直そんなのばかりだからメインの読者である少女の脳内絵巻ではなく、そのまま作者の妄想絵図のような気がして爆笑ものだったのだけれど。

逆に少年漫画のテーマは力への憧れに根差しながらも、自分の外の価値観に興味を示す。つまり興味の対象が自分の「外」にある。
少年漫画で新しい戦闘システムが漫画の価値の大部分を占めている点や、力のインフレによる「より強い敵」を求める傾向がその良い例だ。

男女の違いによる傾向の違いは大まかに見てそんな風に言えると思う。
もちろん少年漫画が好きな女の子がいるのも知っているし、少女漫画しか読まない男がいるのも承知の上ですので誤解なきよう。

で、だ。
こういった漫画(もしくは漫画形式)は最早古典になってんだよね。
今の漫画はその違いがより強い形で描かれているか、どちらともとれる境界線上の作品かという場合が増えているように思う。
この現象がよくわからない。
分からないがエンターテイメントとして漫画を考えた場合相当良い変化であるのはまず間違いない。よね?


それぞれのジャンルは極北化が進み、数あるパターンは細分化され、読者は読みたいものだけ的確に手にすることができるようになった。
ただここまで選択肢が増えた今、本当に読者が望む漫画の姿が見えにくくなっているのも事実だろう。これもポップカルチャーの宿命なのだろうか。

個人的には描き手はいくらヘタなのが増えても別に構わないと思ってる。飽和状態上等ですよ。
むしろ問題なのは読む側が薄っぺらくなってしまわないかというところだ。
まぁこの発想自体、読み手が賢ければどうしようもない漫画は淘汰されるだろうという希望的観測に基づいてるんだが。

ただでさえ単純な記号の集合である漫画を読んで育った世代が、記号の上塗りを繰り返す事態がもう既に起きてしまっている。
富野由悠季の言う「アニメ好きはアニメーターになるな」ってのと同じで、あまりにも視野の狭い漫画が増えている。それでも人気出ちゃうんだもん。どうなってんだ。
つまり読者はそこで選べよ、と。
そして編集の一声で良い漫画が打ち切られていくってのを是非とも読者の力で変えられないだろうか。皇国の守護者とかマジでなんとかなんねぇもんかな。

まぁ漫画読むのにいちいち考えてたら面白くないんだけどね(そう思うオレはつまり少年漫画脳)。

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