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人を食べてはいけない理屈 

実りの秋といいます。

植物は迫りくる冬に備えるため栄養を蓄え、動物は子供が生まれる時期を春に合わせるために子作りに励んでいます。

豊かな実りのためにはよく食べなければなりません。一仕事成し遂げるためには資本となる体を作らなくてはなりませんからね。子供のためにもたっぷり栄養を摂らなければならない。

そうしてこの季節は多くの生物が体に栄養を蓄えるわけですが、そんな脂ののった生き物はやっぱり美味しいわけです。まったく有難いものですね。

そこでオレはふと思ったわけです。
「人の場合はどうなんだろう」と。

人間だってこの時期にはよく食べよく太ります。ほかの生物と同じに考えるなら、人間だって食べたら美味しいかも知れない。
都市に守られ天敵のいない人類には繁殖期というものが既にほとんど失われたと言っても過言ではないですが、もしそれがあるとしたら、その時期にお腹に子供を宿した女性はとんでもなく美味なのかも知れない。
それだけでなく子供の場合は肉が柔らかいでしょうし、適度に運動している人であればよく締まった肉が味わえるのではないでしょうか。
ひょっとしたらメタボリック症候群の人の肝臓は珍味として成立するかも知れない。
でも少なくとも不健康な生活してる人の肉なんかはこちらから願い下げですね。


動物愛護団体のやることは極端で大嫌いですが(「知性ある動物を食べるのは生命の尊厳を無視した行為で野蛮だから私は野菜しか食べない」とかね。彼らの言う「知性」の意味がさっぱり分からん。)、動物は平気で食べてるのに人は食べちゃいけないってどういうこと?
人と家畜の違いなんて管理する側と管理される側ってところだけだろ?

倫理的にどうマズイのかよく知らないから勝手に言わせてもらうけど、人だから食べちゃいけないなんていうことは決してないと思う。
食べちゃいけない理屈っていうのはつまり、可愛がって育てたカブトムシが死んだから墓を作ってあげるのと同じだろ?愛情を傾けることができた相手を尊厳をもって死なせてやりたいという気持ちが転じてモラルとされてるだけだろ。

出産後に栄養不足を補うために胎盤を食べることもあるんだし、快楽目的以外でなら例え法治国家だろうとモラル的にもカニバリズムは認められてもおかしくないと思う。
一般的に言われている倫理の「結論」部分だけを取り出して、その「結論」に至る「過程」を考えないことの方が倫理に背くよりもよっぽど罪深い。

例えばオレがこうやって「人を食べてもいい理屈」を考えて、その結果「ああやっぱり人は食べちゃいけないんだな」と気付いたのなら、オレはそれこそが本当の意味での真実だと思うぜ。
もしもそのまま「人は食べてもいい」という事が否定できないのなら、それはそれで真理なわけだ(まぁ否定できない場合ずっと同じ問いを続けなければならないのだから数学のような学問でもない場合死んでも「結論」は出ないんだが)。

残酷趣味だとか自覚症状のある厨二病ではなく、自分の倫理観の再確認という意味で「人を食べてはいけない理屈」を考えてみようと思う。

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