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自分の中にオタ神様がいた件について 

さあていよいよ学校が始まりますね。いつも通り陰鬱とした気分です。台風が過ぎましたね。今日は晴れるかな。

一昨日ようやくバイトを終え、開放感を味わいたいところで夏休み終了です。もっと早めにバイト辞めれば良かったよ。もう9月だよ20日だよ下旬じゃないかどうしてくれる。

それにしても今年の夏の妙な密度はなんだったんだ。
基本的にバイトに明け暮れる日々だったのだけど、それが最後までまるで飽きなかったから不思議なもんだ。毎日くたくたになるまで働いて、しっかり6時間の睡眠をとってとそれなりに健康的な生活ができたんじゃないかなと思います。学校のあるときなんかそれの比じゃないくらい夜の睡眠時間少ないもんな。反面昼寝が多いけど。

それなりにお金も入ってきたしね。どうせまた一瞬で使い切るんだろうけど。まるで蒸発するかのように一気になくなるからね。もうちょっと貯蓄とかそういう事に関して真剣に考えるべきだと思います。浪費癖というわけでもないんだろうけどね。なんなんだろうな。

今日も一応学校行くんだぜ。授業があるかも知れないからという理由で。なかったらマジ涙目なんだがなwwまぁそれもよかろう。空いた時間でポニョでも観にいけばいいさwwwいい加減服も買いに行かないとなwwバイトのある日はTシャツ2着で済ませたぞwwww

それにしても考え事をしてもブログに書くだけの元気がなかったのがこの夏最大の落ち度だと思う。
まぁ夏休み前から更新頻度はかなり落ちてたけど、それは課題で忙しいというのがあったから自分にもいいわけできてた。だけど夏休み中のはそういうことじゃない。キーボードを叩くくらいの元気は出さなきゃいかんな。うん。


で、だ。思うことは日々あるのです。
とりあえず今後は、ネタはなるべく熱いうちに打つという方針で行くとして、今日も一つ独りよがりをしようじゃないか。特に最近はキモイ発言をしてないので何かが足りていない。どうしたオレ。ここはネットなんだぞ。ネットは広大なのよ。

そう、キモイこと言ってないんだよ。言い換えればオタク臭いことしてない・言ってないっていう。
口では自分の事をオタクだと公言して憚らないつもりではいるし、実際そうしてるつもりなんだけど、ここにきて自分は本当にオタクなんだろうかという疑問を抱いてしまったのね。

もちろんオタクかどうかというのは、あくまで客観的にオタクではない人間の目から見たときにどうか、というところになると思うから、そういう意味ではオレは昔からオタクなんだ。そしてこれからもきっとそうなんだと思う。足しげくラジオ会館に通う姿のどこがオタクじゃねえんだと。
ただ自分自身が納得してオタクしているのかどうかという点で考えると、今のオレはとても自分の満足できるオタクではない気がするわけで。言ってみれば主観的オタク像に自らの姿がダブらないんだ。そしてそれに気付いた時に湧き上がってきた感情がなんとも形容しがたい淋しさのようなものだったということに更に驚いたわけで。

もっとも、オタクであることを誇ってどうするという意見もあると思う。それは当然のことだと思う。アニメやら漫画やら、いつまでも子供じみた事で喜んでるわけだから、そういう趣味のない人から見れば奇妙で幼稚で理解のできないガキと同じようにしか見えないだろう。一緒にされる方が困る。
ただ、オレは全てのオタクに共通する「自分の好きなものを全力で好きと言う姿勢」が好きだからこそ自分の事をあえてオタクと呼びたいわけ。その上でいくらパンピーに卑下されようがオレは一向に構わない。それは開き直りじゃなくて自分のやり方に胸を張って一歩も引かねえぞという決意の表れだと思うからだ。ロックンロールなんですよ。

その気持ちは今でも変わってないし、もちろん他のオタクと楽しみ方の違いは少なからずあるけど、それでも自分の好きなものは自分なりに好きでいようと思うしずっとそうであれば素敵なことだとも思う。そうやって考えれば自分は確かに客観的にも主観的にもしっかりとオタクなんだ。それは間違いないと思ってる。

じゃあ自分がオタクじゃないかも、なんていう不安はどこから来るのかと考えてみたら、結局自分自身の抱いている理想のオタク像というものが限りなくクリエイティブな存在であるという事に行き着いた。
与えられる娯楽を享受するだけのオタクではなく、自ら生み出すオタクにある種の畏敬の念を抱いていたと、その事に尽きる。
しかもそれはどうやら実際の人物だとか努力次第でなる事のできるクリエイティブ系のオタクではなく、もはや絶対的な神のような概念上の存在にまで昇華されてしまっているらしい。ただ作る・生み出すという事そのものに喜びを見出す究極の存在。他の理解や社会規範といった事も意に介さず、自分自身のことすら省みずひたすら作り続けるような創造の下僕みたいな存在と言えばいいだろうか。なんだかよく分からないと思うがそういう事なんだ。淋しいというのは絶対にその領域には近づけないという事に気付いてしまったからなんだと思う。改めて考えてみても今のオレにはもう既に無理だ。

そこまで行くともはやオタクでもなんでもない気もする。ただのキチガイじゃねえのとさえ思う。でも本物の自由な創造というのはそういうものだろうと思うし、周囲を気にしてできるほど甘いものでもないと思う。だからオレには立ち入ることのできない領域なんだ。周囲の人間と楽しく”遊ぶ”ことに喜びを見出している時点でオレはそうはなれまい。自分が無意識下で描いていた自身の理想像と、現実の自分が現実と向き合う中で見出した理想像の差がこうも大きく違うものだとは思ってもみなかった。ショックだ。

まぁつまりそのオタ神様(たった今命名)のように自由気ままに好きなことをしたり言ってみたいという欲求は常にあるという事は頭の隅に置いておきたい。自分の身体の中にはオタ神様が棲んでいて、ぐるぐると無限の創造のトグロを巻いているものなんだと思いたい。オタクとしての自分を抑える必要はないけど、社会を構成する一人の人間なんだから当然自制はしなくちゃいけなくて、その上でいかに自分の中のオタ神様の要求を実現していくかが大事なんだと思う。えらく抽象的な話だけど。

途中からへんな話になっちゃったけど、わたしは元気です。おしまい。

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