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後半パンツの話をしたつもりが一般論になっちゃった 

あのー、ね。昨日の夕方から今日の朝にかけて、サークルでお世話になった方々とおそらく学生時代最後になるであろう飲み会をしてきました。
特にこれといって感傷的になることもなく、最後は古参メンバーのみで朝までマックでダラダラ過ごすというある意味すごく通常営業な感じで幕を閉じました。

考えてみれば4年、もう4年。はええよなぁ。とんでもないこっちゃ。
飲み会のあとの別れ際だって別にこれといったこともなく、いつもどおりまた学校で会えるんじゃね?くらいのテンションだったし。なんかもうその程度。現実感があるようでない。こんなもんなんだろうか。

まぁ別にmixiやらブログやらでお互いの近況くらいは確認できるわけだし顔はだいたい思い浮かぶので、卒業といえど実際はこれといって大きな変化はないような気もする。
いずれにしろオレはあと1年学校にいることになってるので後輩との関係はまだ続く。はず。何も変化した感じがしないのはそのせいもあるのかもね。勝手にオレがそう思ってるだけなんだろうが。

とにかく今は学校の課題。それと就活。嫌な同時進行である。よりによってこの組み合わせだ。たまらないね。


全然関係ないけど、パンツに萌えるってのはどういうことなんだろうね。
たろうがこないだ言ってた、最近のオタクは表層的に「萌え」を「萌え」でしか学んでないということにも通じるなと思う。「パンツ=萌え」として認識してるからパンツさえ出てればそれが「萌え」なんだぜっていう人種。
別にオレがパンツが嫌いだからとりあえずパンツ脱げよとかそういうことを言っているわけではない。むしろパンツは穿いていてほしいと願う。

いやいや、そうじゃなくて気になるのはそもそも何故パンツが萌えるのかという理由や、パンツが“見えちゃった”時の女の子の表情の変化の“面白さ”、布でしかないパンツに記号的価値を与える以前を知っている古いタイプのオタクの方が、今のオタクよりもよほど面白い嗜好を持っている場合が多いということだ。

かと言ってオレがそういうタイプかと言えば、必ずしもそういうわけでもないわけで。どちらかと言えば記号論の快適さに飼いならされた時代の人間なので、「こうこうこういうのってすげー萌える!お前はどう思う?」という言い方より「萌えってこうある“べき”だよ」の方が割りと分かりやすかったりする。いや、未だに理解できないものも数多くあるのだけども。

本屋に行けば雑誌にしろ漫画にしろパンツ丸出しの美少女が笑顔でこっちを見つめているものが大量に見受けられる。この美少女の無邪気さとパンツに向けられる欲が同じフィールド上に同居してることへの違和感はとりあえず置いておくとして、パンツが出てないと求心力がないと見なされてしまいそうな、最低限パンツを出すことが礼儀であるかのような現状はあまり好ましいことではないと感じている。その辺の感覚はおそらく古いオタクのそれなんだと思う。

言ってしまえばパンツなんてたかが布。みんなが大好きなスカートやスパッツや靴下だってぺらぺらの布に違いない。
しかし即物的にその布が好きなんです、そのパンツと呼ばれる物体・物質が好きなんですなどと決して口にすることはない。それは何故か。
結局のところ、その布に包まれている人間とその精神こそが重要で、「誰の」「どんな」などといった“向こう側”を想像する楽しみこそパンツを筆頭とするアイテムに深みを与えており、それに触れたときに生まれるマグマをあえて呼ぶなら「萌え」、という感じなんだろう。

ただね、一方的に今のオタクを蔑めないってのもあるのね。むしろ今のこういう状態が、新しいものを生み出す良い土壌になっている気はするので、彼らは彼らで存分に放置しておけばいいと思う。それをたまに観察して「ああ、また妙なもの作ってるな」と楽しめばいいと思うのよ。ゆとりも一つの財産です。言い方は悪いが。「アニメ好きはアニメーターになるな」っていう富野御大の言葉の裏返しですよ。

仮にパンツをパンツとして愛する人種が現れたとしても、それはもうそういう時代の流れだと観念するしかあるまい。世代こそ違えどマイウェイを突き進みたい気持ちは恐らくお互いに同じはずだ。

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